孫子を読む(3/3)

/東洋の思想

第十 地形篇

そんいわく、けいには、つうなるものり、かいなるものり、なるものり、あいなるものり、けんなるものり、えんなるものり。われもっく、かれもっきたきをつうう。つうなるけいには、高陽こうようり、りょうどうし、もったたかえばすなわあり。もっく、もっかえがたきをかいう。かいなるけいには、てきそなければ、でてこれち、てきそなれば、でてたず、もっかえがたくして不利ふりなり。われでて不利ふりかれでて不利ふりなるをという。なるけいには、てきわれすといえども、われづることかれ。

孫子は言った。地形には、通じ開けたもの、障害のあるもの、枝分かれしたもの、狭いもの、険しいもの、遠方のものがある。こちらが進むことができ、敵も来ることができる道を、通じて開けた地形という。通じて開けた地形では、敵より先に高い日当たりよい場所に陣取り、補給路を守って戦えば有利である。行くのは簡単だが戻るのが難しい道を、障害のある地形という。障害のある地形では、敵に備えがなければ攻めれば勝てるが、敵に十分な備えがあれば攻めても勝てず、更に引き返すのも難しいので不利になる。こちらから進んでも不利、敵から来ても不利になる道を、分かれ道の多い地形という。分かれ道の多い地形では、敵が私たちに有利なように見せても、進んではならない。

きてこれり、てきをしてなかでしめてこれつはなり。あいなるけいには、われこれれば、かならこれたしてもってきつ。てきこれり、つればすなわしたがうことかれ、たざればすなわこれしたがえ。けんなるけいには、われこれれば、かなら高陽こうようりてもってきつ。てきこれれば、きてこれりてしたがうことかれ。えんなるけいには、いきおひとしければもったたかいをいどがたく、たたかえばすなわ不利ふりなり。およ六者ろくしゃは、みちなり。しょうにんさっせざるからず。

軍を引いてその場を去り、敵を半分ほど追って来させてから反撃すれば有利である。狭い道の地形では、自軍が先にその場を占拠して、兵を配置して敵を待つのがよい。もし敵が先にその場を占拠して、兵を配置している場合は攻めてはならないが、敵兵が配置されていなければ攻めてよい。狭い地形では、自軍が先にその場を占拠して、兵を配置して敵を待つのがよい。もし敵が先にその場を占拠して、兵を配置している場合は攻めてはならないが、敵兵が配置されていなければ攻めてよい。険しい地形では、自軍が先にその場を占拠して、日当たりのよい場所に陣取り、敵を待ち構えるのがよい。もし敵が先にその場を占拠していたら、自軍を引いて立ち去り、攻めてはいけない。遠方の地形では、両軍の兵力が同等であれば、戦いを仕掛けるのは難しく、攻めても不利になる。この六つは地形の道理である。将軍の重大な責務として、地形に応じた戦術をよく考えなければならない。

ゆえへいそうなるものり、ゆるものり、おちいものり、くずるるものり、みだるるものり、ぐるものり。およ六者ろくしゃは、てんわざわいにあらず、しょうあやまちなり。いきおひとしくして、いつもっじゅうつをそうう。そつつよよわきをう。つよそつよわきをかんう。

軍には、逃走するもの、弛むもの、落ち込むもの、崩れるもの、乱れるもの、敗走するものとがある。この六つは、自然の災害ではなく将軍の過失である。両軍の勢力が同等なのに、一の兵力で十の兵力の軍を攻撃するのを、逃走する軍という。兵士が強くて取り締まる役人が弱いのを、弛む軍という。取り締まる役人が強くて兵士が弱いのを、落ち込む軍という。

たいいかりてふくせず、てきえばうらみてみずかたたかい、しょうのうらざるをほうう。しょうよわくしてげんならず、きょうどうあきらかならず、そつつねく、へいつらぬることじゅうおうなるをらんう。しょうてきはかることあたわず、しょうもっしゅうわせ、じゃくもっきょうち、へい選鋒せんぽうきをほくう。およ六者ろくしゃは、はいみちなり。しょうにんにして、さっせざるからず。

役人の長が怒って将軍に従わず、敵に遭遇しても勝手に戦い、将軍がその役人の能力を知らないのを、崩れる軍という。将軍が弱気で厳しさがなく、軍規が不明確で、役人も兵士も規律が無く、軍の陣形が出鱈目なのを、乱れる軍という。将軍が敵情に疎く、少数の兵で大軍を攻め、弱兵で強敵に当たり、精鋭を集めた先鋒がいないのを、敗走する軍という。この六つのものは、敗北する道理である。将軍の最も重大な責務として、よく考えなければならない。

けいは、へいたすけなり。てきはかりてかちせいし、険阨けんやく遠近えんきんはかるは、上将じょうしょうみちなり。これりてたたかいをもちうるものかならち、これらずしてたたかいをもちうるものかならやぶる。ゆえ戦道せんどうかならたば、しゅたたかかれとうとも、かならたたかいてなり。戦道せんどうたずんば、しゅかならたたかえとうとも、たたかくしてなり。ゆえすすんでもとめず、退しりぞいてつみけず、ひとたもちて、しゅうは、くにたからなり。

地形は戦の助けとなるものである。敵情を予測して勝算を立て、地形が険しいか平らか、遠いか近いかを考えるのが将軍の責務である。これを理解した者は必ず勝ち、理解しない者は必ず敗れる。戦の道理から勝算があれば、たとえ君主が戦うなと命じても、戦ってもよく、戦の道理から勝算がなければ、たとえ君主が戦えと命じても、戦わないほうがよい。進軍しても功を求めず、退却しても罪を恐れず、ただ人民を守ることを考え、君主の利益にも合う将軍は、国の宝である。

そつることえいごとし、ゆえこれ深谿しんけいおもむし。そつることあいごとし、ゆえこれともし。あつくして使つかうことあたわず、あいしてれいすることあたわず、みだれておさむることあたわざれば、たとえばきょうごとく、もちからざるなり。

将軍が兵士を幼児のように見るから、兵士は深い谷の底にまで将軍に従っていく。将軍が兵士を我が子のように見るから、兵士は将軍と一緒に死んでも構わないと思う。しかし、厚遇するだけでは兵士に仕事をさせることはできず、可愛がるだけでは命令することができず、勝手を許して規律に従わせられなければ、我ままな子供のようなもので、兵士を上手く使うことができない。

そつもっきをるも、てきからざるをらざるは、かちなかばなり。てききをるも、そつもっからざるをらざるは、かちなかばなり。てききをり、そつもっきをるも、けいもったたかからざるをらざるは、かちなかばなり。ゆえへいものは、うごいてまよわず、げてきゅうせず。ゆえいわく、かれおのれれば、かちすなわあやうからず。てんれば、かちすなわきわまらず。

自軍の攻撃の強さを知っていても、敵に備えなく、攻撃できる状況かどうかを知らなければ、勝敗は半々である。敵に備えなく、攻撃できる状況であることを知っていても、自軍の攻撃の強さを知らなければ、勝敗は半々である。敵に備えがなく、攻撃できる状況であることを知り、自軍の攻撃の強さを知っていても、地形が戦うべき場所かどうかを知らなければ、やはり勝敗は半々である。だから、戦いに優れた人は、用兵に迷いがなく、戦っても窮地に追い込まれることがない。敵を知り、己を知れば、勝ちは揺らがず、地の利を知り、天の時を知れば、常に勝つことができると言われている。

第十一 九地篇

そんいわく、へいもちいるのほうに、さんり、けいり、そうり、こうり、衢地くちり、ちょうり、圮地ひちり、囲地いちり、死地しちり。諸侯しょこうみずかたたかうをさんす。ひとりてふかからざるものけいす。われればすなわあり、かれるもあるものそうす。われもっく、かれもっきたものこうす。諸侯しょこう三属さんぞくし、さきいたればてんしゅうもの衢地くちす。ひとることふかく、じょうゆうにすることおおもの重地じゅうちす。

孫子は言った。戦には、散地・軽地・争地・交地・衢地(くち)・重地・己地(ひち)・囲地(いち)・死地の九つがある。諸侯が自国の領地で戦うのが「散地」である。敵の領地に深く侵入していない状態が「軽地」である。自軍が取れば自軍に有利になり、敵が取れば敵に有利になるのが「争地」である。こちらからも行けるし、敵からも来ることができるのが「交地」である。諸侯の領地と四方で接していて、先に取れば天下の民衆を掌握できるのが「衢地」である。敵の領地に深く侵入して、複数の敵の城や村を背後にしているのが「重地」である。

山林さんりんけんたくくこと、およがたきのみちなるもの圮地ひちす。りてところものせまく、りてかえところものにして、かれにしてもっわれしゅうもの囲地いちす。たたかえばそんし、たたかわざればほろもの死地しちす。ゆえさんにはすなわたたかうことく、けいにはすなわとどまることく、そうにはすなわむることく、こうにはすなわつことく、衢地くちにはすなわまじわりをわせ、ちょうにはすなわかすめ、圮地ひちにはすなわき、囲地いちにはすなわはかり、死地しちにはすなわたたかう。

山林や険しい地形、沼沢など、進むのが難しい道が「己地(ひち)」である。入口が狭く、戻り道が遠回りであり、小数の敵で大勢の自軍が攻撃される危険があるのが「囲地」である。必死に戦えば生き残るが、必死に戦わなければ全滅するのが「死地」である。だから、散地では戦ってはならず、軽地では留まってはならず、争地では敵が先に到着していれば戦ってはならず、交地では自軍を分断してはならず、衢地では諸侯と同盟を結び、重地では掠奪し、己地では早く通り過ぎて、囲地では謀略を働かせ、死地では奮戦すべきである。

所謂いわゆるいにしえへいもちうるものは、敵人てきじんをしてぜんあいおよばず、しゅうあいたのまず、せんあいすくわず、しょうあいおさめず、そつはなれてあつまらず、へいがっしてととのわざらしむ。えばすなわうごき、わざればすなわとどまる。

昔の戦の巧みな者は、敵軍に前後の連絡を取らせず、大部隊と小部隊を連携させず、身分の高い者と低い者が救い合えず、上下の者が助け合えず、敵兵を離散させて集合させず、集合しても陣形を整えられないようにする。そして、戦いに利益があれば動き、利益がなければ待ったのである。

えてう、てきおおととのいてまさきたらんとす。これつこと若何いかん、と。いわく、あいするところうばわば、すなわかん。へいじょうすみやかなるをしゅとす。ひとおよばざるにじょうじ、おもんぱからざるのみちり、いましめざるところむるなり。

あえて問うが、大軍の敵が整然として攻めて来ようとしている時は、どう対処すればよいか。答えは、敵の大事なものを奪い取れば、こちらの思う通りになるだろう。戦で重要なのは迅速さである。敵の準備ができていない時に、思いもよらない方法を使い、敵が警戒していない所を攻撃すべきである。

およかくたるのみちは、ふかればすなわもっぱらにして、主人しゅじんたず。じょうかすむれば、三軍さんぐんしょくる。つつしやしないてろうすることく、あわちからみ、へいめぐらして計謀けいぼうし、はかからざるをし、これところきにとうずれば、すともげず、いずくんぞざらん、じんちからくす。へいはなはおちいればすなわおそれず、ところければすなわかたく、ふかればすなわこうし、むをざればすなわたたかう。

敵の領土に入った場合の原則は、深く侵入するほど味方は団結するので、敵は抵抗できず、豊かな土地を奪えば、自軍の食糧を賄える。兵士を養い疲れさせないようにし、士気を高めて戦力を蓄え、軍を計略により動かし、敵からは分からないようにし、自軍を逃げ場のない状況にすれば、兵士は死んでも敗走することはない。士卒ともに力を尽くして戦えば、どうして勝てないことがあろうか。兵士は非常に危険な状況に陥れば反って恐怖を感じなくなり、逃げ場がなければ団結が固くなり、敵の領土に深く入ると統制が取れ、戦うしかないときは必死に戦う。

ゆえへいおさめずしていましめ、もとめずしてやくせずしてしたしみ、れいせずしてしんなり。しょうきんうたがいをれば、いたるまでところし。ざいきも、にくむにあらざるなり。めいきも、寿じゅにくむにあらざるなり。れいはっするのそつするものなみだえりうるおし、えんするものなみだあごまじわる。これところきにとうずれば、しょけいゆうなり。

だから、兵士たちは統制しなくても自ら戒め、指示がなくても奮戦し、拘束されなくても助け合い、法令がなくても信義を守るのである。占いを禁止して疑心が起こらないようにすれば、死ぬまで裏切ることがない。兵士たちが余分な財貨を持たないのは、財貨を嫌っているからではなく、命を投げ出すのも、長生きを嫌っているわけではない。戦の命令が出された日は、兵士で座っている者は涙で襟を濡らし、臥せっている者は涙で顔を濡らすが、このような兵士を行き場所のない状況に投入すれば、勇敢な兵士となる。

ゆえへいもちうるものは、たとえば率然そつぜんごとし。率然そつぜんとは、じょうざんへびなり。かしらてばすなわいたり、てばすなわかしらいたり、なかてばすなわしゅともいたる。えてう、へい率然そつぜんごとくならしむきか、と。いわく、なり。

だから、戦の巧みな者は例えば率然(そつぜん)のようである。率然とは、常山にいる蛇のことである。この蛇は頭を撃つと尾が助けに来て、尻尾を撃つと頭が助けに来て、腹を撃てば頭と尾が襲ってくる。「軍も率然のように動かせるのか」と聞かれれば、「動かせる」と答える。

ひと越人えつひとあいにくむも、ふねおなじくしてわたかぜうにあたりては、あいすくうやゆうごとし。ゆえうまならうずむるも、いまたのむにらざるなり。ゆうととのえていつごとくするは、まつりごとみちなり。ごうじゅうみなるは、なり。ゆえへいもちうるものは、たずさえて一人いちにん使つかうがごときは、むをざらしむればなり。

呉人と越人は互いに憎み合っているが、同じ舟に乗って川を渡る時に大風に遭ったならば、彼らは左右の手のように助け合う。馬を繋ぎ、車輪を土に埋めて固めても、十分な頼りにならない。軍隊を勇敢に整え、一つに結束させるのは、軍制である。強い者も弱い者も等しく十分な働きをするには、地形の道理が必要である。戦が巧みな者は、手を取って一人の人間を動かすように軍を動かすが、それは兵士を戦うしかない状況に置いているからである。

しょうぐんことは、しずかにしてもっふかく、ただしくしてもっおさまる。そつもくにして、これをしてることからしむ。ことえ、はかりごとあらため、ひとをしてることからしむ。きょえ、みちにし、ひとをしておもんぱかることをざらしむ。

将軍の仕事は、静かなのに思慮深く、正しく自分を統制することである。上手く兵士の耳目を騙して、軍の計画を知られないようにして、その内容を変更しても、兵士たちには気づかれないようにし、駐屯地を変え、道を迂回して、行く先を予測されないようにする。

ひきいてこれすれば、たかきにのぼりてはしごるがごとく、ひきいてこれふか諸侯しょこうりて、はっすれば、ふねかまやぶり、群羊ぐんようるがごとく、られてき、られてきたるも、ところし。三軍さんぐんしゅうあつめ、これけんとうず。しょうぐんことうなり。きゅうへん屈伸くっしん人情にんじょうさっせざるからず。

軍を率いて命令を出す時は、高みに上げて梯子を外すようなやり方をして、敵の領地に深く入って戦う時は、羊の群れを追いやるように従わせる。兵士たちは追いやられて行き来するが、どこに向かっているのかは知らない。全軍を結集させて、危険な戦場に投入するのは、将軍の役割である。九通りの地形に応じた戦術、軍の集合離散の利害、人情の道理については、将軍は十分に考えなければならない。

およかくたるのみちは、ふかければすなわもっぱらに、あさければすなわさんず。くにさかいえてするものは、ぜっなり。たつするものは、衢地くちなり。ることふかものは、ちょうなり。ることあさものは、けいなり。はいにしてまえあいなるものは、囲地いちなり。ところものは、死地しちなり。ゆえさんにはわれまさこころざしいつにせんとす。

敵の領地に進軍した場合、侵入が深ければ味方は団結するが、侵入が浅ければ味方は散漫になる。祖国を後にして国境を越えて戦う場所は「絶地」、道が四方に通じている場所は「衢地」、侵入の深い場所は「重地」、侵入の浅い場所は「軽地」、背後の地形が険しく前方が狭くなっている場所が「囲地」、逃げ場のない場所が「死地」である。だから将軍は「散地」で兵士の心を一つに結束させようとする。

けいにはわれまさこれをしてつづかしめんとす。そうにはわれまさうしろにおもむかんとす。こうにはわれまさまもりをつつしまんとす。衢地くちにはわれまさむすびをかたくせんとす。ちょうにはわれまさしょくがんとす。圮地ひちにはわれまさみちすすまんとす。囲地いちにはわれまさけつふさがんとす。死地しちにはわれまさこれしめすにきざるをもってせんとす。ゆえへいじょうかこまるればすなわふせぎ、むをざればすなわたたかい、ぐればすなわしたがう。

「軽地」では軍隊を離散させず、「争地」では後ろの遅い部隊を急がせ、「交地」では守備を固め、「衢地」では諸侯に同盟を結ばせ、「重地」は食糧の補給路を確保し、「己地」では早く通り過ぎ、「囲地」では敵の逃げ道を塞ぎ、「死地」では兵士たちに決死の覚悟をさせる。だから、兵士の心は、包囲されれば抵抗し、戦う以外なければ奮闘し、危険な状況であれば命令に従う。

ゆえ諸侯しょこうはかりごとらざるものは、あらかじまじわることあたわず。山林さんりんけんたくかたちらざるものは、ぐんることあたわず。きょうどうもちいざるものは、ることあたわず。四五しごものいつらざれば、おうへいあらざるなり。おうへい大国たいこくてば、すなわしゅうあつまるをず、てきくわうれば、すなわまじわり、がっすることをず。ゆえてんまじわりをあらそわず、てんけんやしなわず、おのれべ、てきくわわる。

だから、諸侯たちの思惑が分からないと、前もって同盟を結ぶことができず、山林・険しい地形・沼沢地などの地形を知らないと、軍を進めることができず、その土地の案内人を使わないと、地の利を得ることができない。この三つのうち一つでも知らないと、覇王の軍隊ではい。覇王の軍が大国を攻める時は、その国の兵は集合することができず、敵国に威圧を加えれば、その国は他の国と同盟することができない。だから、他の国々との同盟を重視せず、天下の権力を集めなくても、ただ自国の力を信じて振る舞っていれば、その威勢が敵国に影響を与えてしまうのである。

ゆえしろく、くにやぶし。ほうしょうほどこし、せいれいけ、三軍さんぐんしゅうもちうること、一人いちにん使つかうがごとし。これもちうるにこともってし、ぐるにげんもってすることかれ。これもちうるにもってし、ぐるにがいもってすることかれ。これぼうとうじてしかのちそんし、これ死地しちおとしいれてしかのちく。しゅうがいおちいりて、しかのちしょうはいす。

だから、敵の城も落とせるし、敵の国も滅ぼすことができる。規定を無視した恩賞を与えたり、前例のない禁令を掲げると、全軍を一人の人間のように動かすことができる。軍を動かす時には、ただ任務を与えるだけで、その理由を話してはならず、軍を用いる時には、ただ有利な点だけを話して、不利な点は話してはならない。軍は滅亡しかねないような状況に投げ込んでこそ滅亡を免れ、死すべき状況に追い込んでこそ生き延びらる。そもそも兵士は、危険な状況に陥ってこそ、勝敗を決することができる。

ゆえへいすのことは、てき順詳じゅんしょうするにり。てきあわせてかうさきをいつにし、せんにしてしょうころす。これたくみにことものうなり。ゆえせいがるのかんとどりて、使つうずることく、ろうびょううえきびしくして、もっことむ。敵人てきじん開闔かいこうすれば、かならすみやかにこれり、あいするところさきにして、ひそかにこれし、践墨せんぼくしててきしたがい、もっせんけっす。ゆえはじめは処女しょじょごとく、敵人てきじんひらき、のちにはだっごとくにして、てきふせぐにおよばず。

だから戦で重要なのは、敵の意図を正しく把握することである。一つに団結して敵に当たり、遠く敵地に入り敵将を討ち取る、これが戦の巧みな者である。そのため、開戦の日には関所を閉鎖し、通過許可証の発行を止め、使者の往来を禁じ、朝廷・宗廟に入って作戦会議を開く。敵が動揺すれば迅速に侵入し、敵の重要な所を攻撃目標と決めて、黙々と敵情に応じて行動しながら勝敗を決する。初めは無知な少女のように振る舞えば、敵は油断して戸を開き、その後に脱兎のように素早く攻撃すれば、敵は防ぐことができない。

第十二 火攻篇

そんいわく、およこうり。いちいわく、ひとく、いわく、く、さんいわく、く、いわく、く、いわく、たいく。おこなうにかならいんり、えんかならもとよりそなう。はっするにときり、おこすにり。ときとはてんかわけるなり。とはつきへきよくしんるなり。およ宿しゅくは、かぜおこるのなり。

孫子は言った。火攻めには五つの方法がある。第一は兵士を焼くこと、第二は食糧・物資を焼くこと、第三は物資の輸送隊を焼くこと、第四は財貨のある蔵を焼くこと、第五は軍の通る道を焼くことである。火攻めには必ず条件があり、火を起こすには準備が必要である。火を放つには適切な時があり、火攻めには適切な日がある。時とは、空気が乾燥した時であり、日とは、月が特定の欠け方(箕・壁・翼・軫)をする日である。月の形がこの四つの時は、風が起こる日なのだ。

およこうは、かなら五火ごかへんりてこれおうず。うちはっすれば、すなわはやこれそとおうず。はっしてへいしずかなるものは、ちてむることく、りょくきわめ、したがくしてこれしたがい、したがからずしてむ。そとよりはっくんば、うちつことく、ときもっこれはっせよ。じょうふうはっすれば、ふうむることかれ。ひるかぜひさしく、よるかぜむ。およぐんかなら五火ごかへんるをり、すうもっこれまもる。

火攻めは、五通りの変化に応じて攻めなければいけない。火が敵陣から上がった時には、素早く外から攻撃を仕掛ける。火が上がっても敵陣が静かな時には、待機して攻めてはならず、その火力の強さを見極めてから、攻撃すべき状況であれば攻撃し、そうでなければ攻撃しない。外から火をかけられる状況の時は、敵陣の中から火が上がるのを待たずに、その時機を逃さずに火をかける。風上から火が上がった時には、風下から攻めてはならない。昼間の風は長く続くが、夜風はすぐに止む。軍はこの五通りの火の変化を知った上で、策を用いて利用しなければならない。

せんしょう攻取こうしゅして、こうおさめざるものきょうなり。づけてりゅうう。ゆえいわく、明主めいしゅこれおもんぱかり、良将りょうしょうこれおさむ。

だから、火を攻撃に利用する者は聡明であり、水を攻撃に利用する者は強力である。水攻めは敵を遮断できるが、城を奪い取ることはできない。戦に勝ち奪い取りながら、その戦果を収めないのは良くない。これは無駄に軍費を費やしている。だから、聡明な君主はよく思慮し、優秀な将軍は無駄を避けるのである。

あらざればうごかず、るにあらざればもちいず、あやうきにあらざればたたかわず。しゅいかりをもっおこからず、しょういきどおりをもったたかいをいたからず。がっしてうごき、がっせずしてむ。いかりはもっよろこく、いきどおりはもっよろこし。亡国ぼうこくもっそんからず、しゃもっからず。ゆえ明君めいくんこれつつしみ、良将りょうしょうこれいましむ。くにやすんじぐんまっとうするのみちなり。

利益がなければ軍を動かさず、得るものがなければ軍を用いず、危機でなければ戦わない。君主は怒りによって戦を起こしてはならず、将軍は憤りによって戦ってはならない。利益があれば動き、利益がなければ止める。これで君主の怒りは喜びに変わり、将軍の憤りは悦びに変わる。滅びた国は興すことはできず、死者は生き返ることはない。だから、賢明な君主は戦を慎み、優れた将軍は戦を戒める。これが国家の安泰にし、軍隊を保全する道である。

第十三 用間篇

そんいわく、およおこすことじゅうまんしゅっせいすることせんなれば、ひゃくせいついえ、こうほう千金せんきんついやす。内外ないがい騒動そうどうし、どうおこたり、ことるをざるものしちじゅうまんあいまもること数年すうねんにして、もっ一日いちにちかちあらそう。しかるにしゃくろくひゃっきんおしみて、てきじょうらざるものは、じんいたりなり。ひとしょうあらざるなり、しゅたすけあらざるなり、しょうしゅあらざるなり。ゆえ明君めいくんけんしょううごきてひとち、成功せいこうしゅうづる所以ゆえんものは、せんなり。せんなるものは、しんからず、ことかたどからず、けみからず、かならひとりて、てきじょうものなり。

孫子は言った。十万人の軍を動員して、千里の遠くに出征すれば、民衆の負担や公家の出費は、一日に千金も費やし、国の内外が騒動になり、仕事ができなくなる者が七十万家も出てしまう。数年に渡り争い続けた二つの国は、一日の決戦で勝敗を争う。だから、爵位や褒賞を惜しんで、敵情を知らないのは、仁に欠けている。それでは人の上に立つ将軍にはなれず、君主の補佐役にもなれず、勝利を得る君主にもなれない。聡明な君主や賢明な将軍が軍を動かして勝ち、成功を収められるのは、先んじて敵の情勢を知るからである。先んじで情勢を知るというのは、鬼神の働きではなく、他からの推測でもなく、経験からの推察でもない。間諜によって敵の情勢を知ることができるのである。

ゆえかんもちうるにり。因間いんかんり、内間ないかんり、反間はんかんり、かんり、生間せいかんり。かんともおこりて、みちることき、これしんう。人君じんくんたからなり。因間いんかんとは、きょうじんりてこれもちう。内間ないかんとは、官人かんじんりてこれもちう。反間はんかんとは、敵間てきかんりてこれもちう。かんとは、きょうそとし、かんをしてこれらしめて、てきかんつたうるなり。生間せいかんとは、かえほうずるなり。

間諜を用いる方法には五つある。郷間、内間、反間、死間、生間である。この五つの間諜を使いながら、敵に知られないことが優れた用い方であり、君主の宝となる。「郷間」は敵国の村人を利用することで、「内間」は敵国の役人を利用することで、「反間」は敵の間諜を逆に利用することで、「死間」は偽の情報を流して、味方の間諜から敵方に告げさせることで、「生間」は生きて戻り情報を報告することである。

ゆえ三軍さんぐんことかんよりしたしきはく、しょうかんよりあつきはく、ことかんよりみつなるはし。せいあらざればかんもちうることあたわず。じんあらざればかん使つかうことあたわず。みょうあらざればかんじつることあたわず。なるかな、なるかな、かんもちいざるところし。かんいまはっせずしてこゆれば、かんぐるところものとはみなす。

だから、全軍の中で間諜より親しい者はなく、間諜より褒賞が多い者はなく、間諜より機密性の高い者はいない。智者でなければ間諜を使うことはできず、仁義がなければ間諜を使うことができず、細かな心配りや思慮がなければ、間諜から役立つ情報を引き出すことができない。微妙なこと、どんな所にも間諜は用いられる。間諜からまだ知られていない情報が入った後で、同じ情報が告げられた時は、その間諜と新たに告げてきた者の双方を死罪にする。

およぐんたんとほっするところしろめんとほっするところひところさんとほっするところは、かならしゅしょうゆう謁者えっしゃ門者もんじゃ舎人しゃじん姓名せいめいり、かんをしてかならもとめてこれらしむ。

撃とうとしている軍、攻めようとしている城、殺そうとしている人物については、必ず守備の将軍・側近・侍従・門衛・宿衛の役人の姓名を調べて、さらに味方の間諜に詳しく調査をさせる。

かなら敵人てきじんかんきたりてわれかんするものもとめ、りてこれし、みちびきてこれしゃす。ゆえ反間はんかんもちきなり。これりてこれる。ゆえきょうかん内間ないかん使つかきなり。これりてこれる。ゆえかんきょうして、てきげしむし。これりてこれる。ゆえ生間せいかんごとくならしむし。かんことしゅかならこれる。これるはかなら反間はんかんり。ゆえ反間はんかんあつくせざるからざるなり。

敵国の間諜が自国に入ってきていれば、その間諜に利益を与え、自分の側に付くように誘導する。こうすれば、反間を使うことができ、敵情を知ることができる。これにより郷間と内間を使うことができ、敵情を知ることができる。これにより死間を使って偽りの情報を敵に流し、敵情を知ることができる。だから、生間を計画通りに使いこなすことができる。これら五つの間諜の情報を君主は知るところであるが、その元は反間の存在である。だから、反間は厚遇しなければならない。

むかしいんおこるや、伊摯いしり。しゅうおこるや、りょいんり。ゆえ明君めいくんけんしょうのみじょうもっかんものにして、かなら大功たいこうす。へいかなめにして、三軍さんぐんたのみてうごところなり。

昔、殷王朝が興った時には、伊摯が間諜として夏王朝(前王朝)に潜入し、周王朝が興った時には、呂牙が間諜として殷王朝(前王朝)に潜入した。故に聡明な君主や賢明な将軍だけが、優れた智者を間諜として仕立て、偉大な功績を成し遂げることができる。この間諜は戦の要であり、全軍が頼りにしている情報源である。

 

孫子を読む(1/3)
紀元前500年頃の中国の軍事思想家である孫武の作とされる兵法書。第一 計篇、第二 作戦篇、第三 謀攻篇、第四 形篇、第五 勢篇
孫子を読む(2/3)
紀元前500年頃の中国の軍事思想家である孫武の作とされる兵法書。第六 虚実篇、第七 軍争篇、第八 九変篇、第九 行軍篇
宗教・思想
仏教、仏典、仏教宗派、禅、神道、東洋の思想
散策路TOP
数学、応用数学、古典物理、量子力学、物性論、電子工学、IT、力学、電磁気学、熱・統計力学、連続体力学、解析学、代数学、幾何学、統計学、論理・基礎論、プラズマ物理、量子コンピュータ、情報・暗号、機械学習、金融・ゲーム理論

 

タイトルとURLをコピーしました