不確定性原理とは、量子力学において、2つの物理量を測定した場合に、それぞれの物理量の不確定性が同時にゼロにならないとする原理です。
但し、不確定性原理は、観測者効果による不確定性と、波動現象による不確定性の2つの意味で使われます。
観測者効果による不確定性
観測者効果とは、ある系を測定する場合、その測定の行為自身が系に影響を与えてしまうというものです。これは、観測対象が量子系などのミクロな場合により顕著に現れるため、量子系の波動現象にともなう不確定性と混同されてきました。
例えば、空中に投げられたボールを観測する場合を考えます。観測するためには光を当てる必要がありますが、当てた光によってボールの軌道が変わることはありません。古典論の世界(日常生活)では、ボールの位置と速度は正確に観測することができます。
しかし、観測の対象が電子の場合は、光(光子)を当てることで、電子の軌道に影響を与えてしまいます。
光を当てて電子の位置を測定しようとしても、その光には波長 $\lambda$ 程度の広がりがあり、これ以上の精度は出せません。そして、光子は $h/\lambda$ の運動量を持つため、コンプトン効果により電子は跳ね飛ばされます。
以上より、電子の位置の精度を $\Delta x$ 、電子の運動量の変化を $\Delta p$ とすると、それらの積は以下で表されます。
$$\Delta x\cdot\Delta p\cong \lambda\cdot\frac{h}{\lambda}=h$$
電子の位置を正確に求めるためには光の波長を短くする必要がありますが、波長を短くすると電子の運動量に与える影響が大きくなります。結局、位置と運動量は同時に正確に求めることができず、プランク定数程度の不確定さが出てしまうことになります。
これが、1927年にハイゼンベルグが提案した不確定性原理です。ここで「観測できないだけで、確定した値は存在している?」という疑問が出ますが、実はそうではありません。量子論のそのため、観測者効果による不確定性とは区別して考える必要があります。
非可換関係による不確定性
非可換関係とは、量子力学において導入された物理量を表す演算子の非可換関係を指します。この非可換関係から物理量の不確定性原理が導かれます。尚、可換関係にある物理量の間には不確定性は存在しません。
不確定性は、統計学的には標準偏差によって表されます。物理量 $A$ の固有値(期待値)を $\braket{A}$ とすると、不確定性は物理量のばらつき $\Delta A$(標準偏差 $\sigma$ )として定義されます。
$$\Delta A\equiv A-\braket{A} -①$$$$\sigma^2=\braket{(\Delta A)^2}=\braket{A^2}-\braket{A}^2$$
このとき、2つの物理量 $A,B$ の不確定関係は以下で表されます(②の導出)。
$$\braket{(\Delta A)^2}\braket{(\Delta B)^2}\ge\frac{1}{4}|\braket{[A,B]}|^2 -②$$
古典力学では物理量は実数なので、掛け算の順序を入れ替えても結果は変わりませが、演算子の場合は、掛け算の順序を入れ替えると結果が変わります。例えば、位置 $x$ と運動量 $p_x$ の場合、量子力学では $p_x\to-i\hbar\partial/\partial x$ のように表されるため、これらの積は非可換となり、
$$(xp_x)\phi=x\Big(-i\hbar\frac{\partial}{\partial x}\Big)\phi=-i\hbar x\frac{\partial\phi}{\partial x}$$$$(p_xx)\phi=\Big(-i\hbar\frac{\partial}{\partial x}\Big)x\phi=-i\hbar\phi-i\hbar x\frac{\partial\phi}{\partial x}$$
この非可換の関係は以下のように表されます。
$$[x,p_x]=xp_x-p_xx=i\hbar -③$$
③を②に代入すると以下のような不確定関係が導かれます。
$$\braket{(\Delta x)^2}\braket{(\Delta p_x)^2}\ge\frac{\hbar^2}{4}$$
一般に、非可換な物理量(演算子)の間では不確定性関係が発生します。これは、観測による不確定性ではなく、本質的に不確定なのです。
不確定関係②を導く
②を導くために以下の前提を利用します。
- ブラケットの内積についてのシュバルツの不等式
$$\braket{\alpha|\alpha}\braket{\beta|\beta}\ge|\braket{\alpha|\beta}|^2$$ - エルミート演算子の固有値は実数
- 反エルミート演算子の固有値は純虚数
前提1で、$\ket{\alpha}\to\ket{\Delta A}$ 、$\ket{\beta}\to\ket{\Delta B}$ と置くと、
$$\braket{(\Delta A)^2}\braket{(\Delta B)^2}\ge|\braket{\Delta A\Delta B}|^2 -(1)$$
この右辺のブラケットの中を書き換え、①を使うと、
$$\Delta A\Delta B=\frac{1}{2}[\Delta A,\Delta B]+\frac{1}{2}[\Delta A,\Delta B]_+$$$$=\frac{1}{2}[A-\braket{A},B-\braket{B}]+\frac{1}{2}[\Delta A,\Delta B]_+$$$$=\frac{1}{2}[A,B]+\frac{1}{2}[\Delta A,\Delta B]_+$$
両辺の期待値を取ると、
$$\braket{\Delta A\Delta B}=\frac{1}{2}\braket{[A,B]}+\frac{1}{2}\braket{[\Delta A,\Delta B]_+} -(2)$$
(2)の右辺第1項は反エルミート的であるため前提2より純虚数となり、右辺第2項はエルミート的であるため前提3より実数になります。反エルミート的かエルミート的かは、以下より分かります。
$$([A,B])^\dagger=(AB-BA)^\dagger=BA-AB=-[A,B]$$$$([\Delta A,\Delta B]_+)^\dagger=(\Delta A\Delta B+\Delta B\Delta A)^\dagger=\Delta B\Delta A+\Delta A\Delta B=[\Delta A,\Delta B]_+$$
そのため、(2)の両辺を2乗して、(1)の右辺に代入すると②が得られます。
$$\braket{(\Delta A)^2}\braket{(\Delta B)^2}\ge\frac{1}{4}|\braket{[A,B]}|^2+\frac{1}{4}|\braket{[\Delta A,\Delta B]_+}|^2$$$$\ge\frac{1}{4}|\braket{[A,B]}|^2$$
波動現象による不確定性
波動現象にともなう不確定性とは、全ての波のような系に元々備わっている特性であり、量子系の物質波の性質によって現われるとされています。
波形 $f(t)$ を考えると、波のエネルギーは時間軸上のある広がりを持っていると同時に、周波数空間では $\omega$ 軸上に $|F(\omega)|^2$ で表される広がりを持っています。このとき、時間とエネルギーの不確定性関係は以下で表されます(③の導出)。
$$\Delta t\Delta E\ge\frac{\hbar}{2} -③$$$$\Delta E=\hbar\Delta\omega$$
尚、$f(t)$ と $F(\omega)$ はフーリエ変換で関係付けられます。
$$F(\omega)=\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^\infty f(t)e^{-i\omega t}dt -④$$$$f(t)=\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^\infty F(\omega)e^{i\omega t}d\omega -⑤$$
不確定性関係③を導く
③を導くために以下の前提を利用します。
- ベクトルの内積についてのシュバルツの不等式
$$(\alpha,\alpha)(\beta,\beta)\ge(\alpha,\beta)^2$$ - エネルギーの規格化条件
$$\int|f(t)|^2dt=\int|F(\omega)|^2d\omega=1$$ - フーリエ級数のパーセバルの関係式
$$\int|f(t)|^2dt=\int|F(\omega)|^2d\omega$$ - 時間の期待値 $\bar{t}$ と広がり $\Delta t$
$$\bar{t}\equiv\int t|f(t)|^2dt=0$$$$(\Delta t)^2\equiv\int(t-\bar{t})^2|f(t)|^2dt=\int t^2|f(t)|^2dt$$ - 周波数の期待値 $\bar{\omega}$ と広がり $\Delta\omega$
$$\bar{\omega}\equiv\int \omega|F(\omega)|^2d\omega=0$$$$(\Delta\omega)^2=\int(\omega-\bar{\omega})^2|F(\omega)|^2d\omega=\int\omega^2|F(\omega)|^2d\omega$$
前提4は、時間軸を平行移動させても以下の議論に影響ないため、$\bar{t}=0$ と置いています。また、前提5については、④の複素共役(下式)より、$F(-\omega)$ は $F(\omega)$ の複素共役であり、$|F(\omega)|^2=|F(-\omega)|^2$ であるから、$\bar{\omega}=0$ と置いています。
$$F^*(\omega)=\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^\infty f(t)e^{i\omega t}dt=F(-\omega)$$
⑤の微分を行うと、
$$f'(t)=\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^\infty i\omega F(\omega)e^{i\omega t}d\omega$$
これに前提3のパーセバルの関係式を適用し、前提5を使うと、
$$\int|f'(t)|^2dt=\int|\omega F(\omega)|^2d\omega=(\Delta\omega)^2 -(1)$$
前提1のシュバルツの不等式で $\alpha\to tf(t)$ 、$\beta\to f'(t)$ と置くと、前提4と(1)より、
$$(\alpha,\alpha)=\int|tf(t)|^2dt=(\Delta t)^2$$$$(\beta,\beta)=\int|f'(t)|^2dt=(\Delta\omega)^2$$
これらより、
$$(\Delta t)^2(\Delta\omega)^2\ge|(\alpha,\beta)|^2=\Big|\int_{-\infty}^\infty tf(t)f'(t)dt\Big|^2$$
この右辺を計算すると、前提2の規格化条件より、
$$\int_{-\infty}^\infty tf(t)f'(t)dt=\int_{-\infty}^\infty\frac{1}{2}t\frac{d}{dt}\big(f(t)\big)^2dt$$$$=\Big[\frac{1}{2}t\big(f(t)\big)^2\Big]_{-\infty}^\infty-\int_{-\infty}^\infty\frac{1}{2}|f(t)|^2dt=-\frac{1}{2}$$
従って以下の関係が得られ、
$$\Delta t\Delta\omega\ge\frac{1}{2}$$
これに $\hbar$ を掛けると、$E=\hbar\omega$ より③が導かれます。

