古事記とは
古事記は、日本最古の歴史書であり、712年に太安万侶(おおのやすまろ)が編纂し、元明天皇に献上されました。尚、原本は現存せず、幾つかの写本が伝わっています。日本神話を伝える神典の1つとして、神道を中心に日本の宗教文化・精神文化に多大な影響を与えています。
内容は、神代における天地の始まりから推古天皇の時代に至るまでの、神話や伝説などを含む様々な出来事が紀伝体で記載されています。日本書紀とともに「記紀」と総称されていますが、内容には一部に違いがあり、日本書紀のような勅撰の正史ではありません。
別天神五柱~神世七代
| 天地初めに発こりたるの時、高天原に於神成りまし名は、天之御中主の神、次に高御産巣日の神、次に神産巣日の神、此の三柱の神は、並びて独り神と成り坐して而、身を隠す也 |
天地が初めて開かれたとき、高天原に最初に現れた神の名は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)です。
次に現れたのは高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、次に現れたのは神産巣日神(かみむすひのかみ)です。この三柱の神々は、いずれも単独で出現し、すぐに姿を隠しました。
| 次に国稚く浮脂の如くして而に久羅下那州多陀用幣流の時、葦牙の如く、萌え騰がるの物に因りて神成りまし名は、宇摩志阿斯訶備比古遅の神、次に天之常立の神、此の二柱の神亦、独り神成り坐し而ち、身を隠しませり也、上つ件五柱の神は、別天神なり |
次に、国はまだ若く、脂の状態で、クラゲのように漂っている時に、葦の芽のように、地面から萌え上がるように現れた神が、宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)です。
次に現れた神は、天之常立神(あめのとこたちのかみ)です。この二柱の神も、単独で現れて、すぐに姿を隠した。これら五柱の神々を別天神(ことあまつかみ)と呼びます。
次に現れた神は、国之常立神(くにのとこたちのかみ)です。次に、豊雲野神(とよくもぬのかみ)が現れました。この二柱の神々もまた、単独で現れ、すぐに姿を隠しました。
| 次に神成り名は、国之常立の神、次に豊雲野の神、此の二柱の神、亦独り神成り坐し、而ち身を隠す也、 次に神成り名は、宇比地迩の神、次に妹須比智迩の神、次に角杙の神、次に妹活杙の神、次に意富斗能地の神、次に妹大斗乃弁の神、次に於母陀流の神、次に妹阿夜訶志古泥の神、次に伊邪那岐の神、次に妹伊邪那美の神 |
次に生まれた神の名は宇比地邇神(うひぢにのかみ)、次に須比智邇神(すひぢにのかみ)です。
次に角杙神(つのぐいのかみ)、次に活杙神(いくぐいのかみ)の二柱の神が生まれました。
次に意富斗能地神(おほとのぢのかみ)、次に大斗乃辨神(おほとのべのかみ)が生まれました。
次に、於母陀流神(おもだるのかみ)、次に阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)が生まれました。
次に生まれたのは、伊邪那岐神(以下、イザナギ)、次に妹の伊邪那美神(以下、イザナミ)が生まれました。
| 上つ件国之常立の神自り以下伊邪那美の神の以前より并て神世七代と称く |
先の国之常立神(くにのとこたちのかみ)から、イザナミまでを神世七代と呼びます。
伊邪那岐命と伊邪那美命
国土の修理個成
| 是於て天つ神の、諸の命以て、詔はく伊邪那岐の命、伊邪那美の命二柱の神、是の多陀用幣流の国理修し固め成せと賜ひ、天沼矛を賜り而に言依せ賜ふ也、 故二柱の神、天つ浮橋に立たし、而に其の沼戈を指し下ろし以て画けば塩許々袁々呂々邇書き鳴し、而に引き上ぐる時、其の矛の末自り垂り落ちしの塩の累積り、嶋に成りぬる、是れ淤能碁呂嶋なり |
天の神々は、イザナギとイザナミの二柱の神にこう言い、天の沼矛を与えました。
「このまだ漂っている国土を整えて、固めて完成させなさい」
二柱の神は天の浮橋に立ち、その沼矛を海に向かって差し下ろしてかき混ぜました。すると「こをろこをろ」と塩の音が鳴り響き、矛を引き上げると、矛の先から塩が滴り落ち、それが積もって島となりました。これが、淤能碁呂島(おのごろじま)です。
二神の結婚
| 其の嶋に於て天降り坐し、而に天の御柱を見立て、八尋殿を見立てき、於是て其の妹伊邪那美命に問ひ曰く、汝が身は如何に成る、問ひ答はく、吾が身は成り成りて成り合は不る処一処在り、爾に伊邪那岐命詔はく我身は成り成りて、而に成り余る処一処に在り、故此の吾が身成り余る処を以て、汝が身の成り合は不る処を刺し塞ぎ、而に国土を生成り生む奈何に以為ふ、伊邪那美命答へ曰く、然り善き爾、 伊邪那岐命詔はく、然者、吾と汝、是の天の御柱を行き廻り逢ひて、而に美斗能麻具波比を為む |
その島に二柱の神が天から降り立ち、まず天の御柱(あめのみはしら)を立て、続いて八尋殿(やひろどの)という大きな神殿を建てました。そのとき、イザナギがイザナミに尋ねた。
「あなたの体は、どのようにできているのか」
するとイザナミは答えた。
「私の体は、すでにでき上がっていますが、出来上がっていない場所が一つあります」
それを聞いたイザナギは言った。
「私の体もでき上がっているが、余っている場所が一つある。だから私の体の余っているところで、あなたの体の出来上がっていないところを塞ぎ、国を生み出そう」
イザナミは答えて言いました。
「それは良いことだと思います」
そこでイザナギはこう言いました。
「では、私とあなたでこの天の御柱を回って出会い、”みとのまぐわい”(美斗能麻具波比)をしましょう」
| 此の期の如く、乃ち詔はく汝は右自り廻りて逢ひ、我は左自り廻りて逢はむとのたまひ約び竟へ廻りし時、伊邪那美命先に言はく、阿那邇夜志愛上袁登古袁、此の後に伊邪那岐命言はく、阿那邇夜志愛上袁登賣袁、 各言ひ竟へしの後、其の妹に告たまはく曰く、女人の先に言ふは良不れど、雖れ然くすべしと告たまひ久美度邇、興して而に生みし子は水蛭子にて、此の子は葦船に入れて而に流し去りき、次に淡嶋を生みき、是れ亦子の例に入れず |
こうして、イザナギはイザナミに言いました。
「あなたは右から回って来なさい。私は左から回って出会おう」
二神はそのように約束して柱のまわりを回り、出会ったとき、イザナミが先にこう言いました。
「まあ、なんて素敵な男の方でしょう」
それを受けて、イザナギが後からこう言いました。
「まあ、なんて素敵な女の方でしょう」
二人がこのように言い終えた後、イザナギはイザナミに言いました。
「女が先に言葉をかけるのは、良くないことだ」
そうは言いながらも、二柱は神婚の儀式を行い、最初の子をもうけました。しかし、その子は水蛭子(ひるこ)で、葦で編んだ舟に乗せて流してしまいました。
次に淡嶋(あわしま)という島を生みましたが、これもまた正当な子には数えられませんでした。
大八島国の生成
| 於是いて、二柱の神議りて云はく、今吾らが生みし所の子、良からず猶宜し天つ神の御所に白すべし、即ち共に参上り天つ神の命を請はむといひき、爾に天つ神の命布斗麻邇爾、卜相ふを以ちて、而に之れを詔く女の先に言ふに因りて、而に良からず亦還り降り言を改むべし |
そこで、イザナギとイザナミは話し合って言いました。
「私たちが生んだ子は良くない。やはり、天の神々の御所にこのことを申し上げるのが良いだろう」
そうして二柱は一緒に高天原に昇り、天つ神のお言葉を仰ぎました。すると、天つ神は「ふとまに」によって占い、こう告げました。
「女神が先に言葉をかけたのが原因で、うまくいかなかったのだ。もう一度地上に戻って、言葉の順序を正して儀式をやり直しなさい」
| 爾るが故に反り降り、更に其の天の御柱を往き廻ること先の如し、是に伊邪那岐命、先に阿那邇夜志愛袁登賣袁と言ひ後に、妹伊邪那美命、阿那邇夜志愛袁登古袁と言ひき、此の言の如く竟えて、而に御合ひ生みし子は淡道之穗之狹別嶋の島 |
そこで二柱は地上に戻り、再び天の御柱のまわりを回り、前と同じように神婚の儀式を行いました。今度は、イザナギが先に言いました。
「なんて素敵な女の方でしょう」
そして後から、イザナミが言いました。
「なんて素敵な男の方でしょう」
このように正しい手順で言葉を交わしてから、二柱は交わり、最初に生まれたのが現在の淡路島です。
| 次に伊予の二名の島を生みき、此の島者は身一つにて而に面四つ有り面毎に名有り、故伊予の国は愛比賣と謂ひ、讃岐の国は飯依比古と謂ひ粟の国は大宜都比売と謂ひ、土左の国は建依別と謂ふ |
次に生まれたのが現在の四国です。この島は四つの地域があり、それぞれ、伊予国(いよのくに)、讃岐国(さぬきのくに)、阿波国(あわのくに)、土佐国(とさのくに)です。
| 次に隠岐の三子の島を生みき、亦の名は天之忍許呂別、次に筑紫の島を生みき、此の島は亦身一つにして、而に面四つ有り面毎に名有り、故筑紫の国は白日別と謂ひ、豊の国は豊日別と謂ひ、肥の国は建日向日豊久士比泥別と謂ひ、熊曽の国は建日別と謂ふ、次に伊伎の島を生みき亦の名は天比登都柱と謂ふ、次に津島を生みき亦の名は天之狭手依比売と謂ふ、次に佐度の島を生みき次に大倭豊秋津島を生みき、亦の名を天御虚空豊秋津根別と謂ふ、故此の八島先に生まれし所に因り大八島の国と謂ふ |
次に生まれたのは隠岐の三つの島で、別名を天之忍許呂別(あまのおしころわけ)といいます。
その次に生んだのは現在の九州で、この島も四つの地域があり、それぞれ、現在の北部九州、東部九州、西部九州、南部九州です。
次に生まれたのは壱岐島で、次に生まれたのが対馬です。その後に佐渡島を生み、最後に生んだのが現在の本州です。
このように、これら八つの島々を最初に生んだため、これらを総称して大八島国(おおやしまのくに)と呼びます。
| 然る後還り坐ししの時、吉備の児島を生み、亦の名を建日方別と謂ふ、次に小豆島を生み、亦の名を大野手比賣と謂ふ、次に大島を生み亦の名を大多麻流別と謂ふ、次に女の島を生み亦の名を天一根と謂ふ、次に知訶の島を生み亦の名を天之忍男と謂ふ、次に両児の島を生み亦の名を天両屋と謂ふ |
その後、イザナギとイザナミが再び地上に降りて、まず吉備児島(きびのこじま)を生み、次に小豆島(あずきしま)を生み、次に大島(おおしま)を生み、次に女島(ひめしま)を生み、次に知訶島(ちかのしま)を生み、最後に両児島(ふたごのしま)を生みました。
神々の生成
| 既に国を生みしを竟へ更に神を生みき、故生みし神の名は大事忍男の神、次に石土毘古の神を生みき、次に石巣比賣の神を生みき、次に大戸日別の神を生みき、次に天之吹上男の神を生みき、次に大屋毘古の神を生みき、次に風木津別之忍男の神を生みき、次に海の神を生みき、名を大綿津見の神、次に水戸の神を生みき、名は速秋津日子の神、次に妹速秋津比賣の神 |
国々を生み終えたあと、二柱の神はさらに多くの神々を生みました。
大事忍男神(おおごとのおしおのかみ)、石土毘古神(いわつちびこのかみ)、石巣比売神(いわすひめのかみ)、大戸日別神(おおとのひわけのかみ)、天之吹上男神(あめのふきあげおのかみ)、大屋毘古神(おおやびこのかみ)、風木津別之忍男神(かざもつわけのおしおのかみ)、海神(わたつみのかみ)、名を大綿津見神(おおわたつみのかみ)、水戸神(みなとのかみ)、名を速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)、その対をなす速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)などです。
| 此の速秋津日子、速秋津比賣の二柱の神、河海に因り持ち別けて而に神名は沫那芸の神、次に沫那美の神、次に頰那芸の神、次に頰那美の神、次に天之水分の神、次に国之水分の神、次に天之久比奢母智の神、次に国の久比奢母智の神を生みき |
この速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)と速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)の二柱の神は、川や海の流れに基づいて、さらに以下の神々を生んだ。
沫那藝神(あわなぎのかみ)、沫那美神(あわなみのかみ)、頰那藝神(つらなぎのかみ)、頰那美神(つらなみのかみ)、天之水分神(あめのみくまりのかみ)、國之水分神(くにのみくまりのかみ)、天之久比奢母智神(あめのくひざもちのかみ)、國之久比奢母智神(くにのくひざもちのかみ)などです。
| 次に風の神を生み名を志那都比古の神、次に木の神を生み名は久久能智の神、次に山の神を生み名は大山津見の神、次に野の神を生み名は鹿屋野比賣の神、亦の名を野椎の神 |
次に風の神である志那都比古神(しなつひこのかみ)、次に木の神である久久能智神(くくのちのかみ)、次に山の神である大山津見神(おおやまつみのかみ)、次に野の神である鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)を生みました。この神は別名を野椎神(のづちのかみ)といいます。
| 此の大山津見の神野椎の神の二柱の神、山野に因り持ち別けて、而に生みし神の名は天之狹土の神、次に国之狹土の神、次に天之狹霧の神、次に国之狹霧の神、次に天之闇戸の神、次に国之闇戸の神、次に大戸惑子の神、次に大戸惑女の神 |
この大山津見神と野椎神の二柱の神は、山と野を司っていたため、それぞれ関係する神々を生みました。
まず、天之狭土神(あまのさづちのかみ)、次に国之狭土神(くにのさづちのかみ)、次に天之狭霧神(あまのさぎりのかみ)、次に国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)、次に天之闇戸神(あまのくらどのかみ)、次に国之闇戸神(くにのくらどのかみ)、次に大戸惑子神(おおとのまどいこかみ)、次に大戸惑女神(おおとのまどいめのかみ)を生みました。
| 次に生みし神の名は鳥之石楠船の神、亦の名は天鳥船と謂ふ、次に大宜都比賣の神を生みき、次に火之夜芸速男の神を生み、亦の名を火之炫毘古の神と謂ひ、亦の名を火之迦具土の神と謂ふ、此の子を生みしに因りて美蕃登見炙て、而に病み臥したり在り、多具理邇生みし神の名は金山毘古の神、次に金山毘賣の神 |
次に生まれた神は鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)、別名を天鳥船(あめのとりふね)、続いて大宜都比売神(おおげつひめのかみ)、さらに火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)、別名を火之炫毘古神(ひのかがびこのかみ)、またの名を火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を生みました。
しかしこの火の神を出産した際に、イザナミの身体は火で焼かれ、重病になり床に伏してしまいました。その際に排泄されたもので以下の神々が生まれました。
金山毘古神(かなやまびこのかみ)、金山毘売神(かなやまびめのかみ)、
| 次に屎に於て成りし神の名は波邇夜須毘古の神、次に波邇夜須毘賣の神、次に尿に於て成りし神の名は弥都波能売の神、次に和久産巣日の神、此の神の子豊宇気毘賣の神と謂ふ、故伊邪那美の神は火の神を生むに因りて、遂に神避り坐しき也、 |
波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ)、波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)、弥都波能売神(みづはのめのかみ)、和久産巣日神(わくむすひのかみ)、この神の子が、豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)です。
このようにして、イザナミは、火の神を生んだことによって亡くなってしまいました。
| 凡そ伊邪那岐、伊邪那美二神共に生みし所島は壹拾肆島神は参拾伍神 |
おおよそイザナギとイザナミの二柱の神が、共に生んだ島は十四島、神は三十五柱です。
火神被殺
| 故爾に伊邪那岐命詔らさく、之の愛し我が那邇妹の命乎、子の一木に易ふと謂ふ乎、乃ち御枕の方に匍匐ひ、御足の方に匍匐ひて、而ち哭きたる時、御涙す所に於おいて、神成り香山の畝尾の木の本に坐し名は、泣沢女の神、故其の神避りし所の伊邪那美の神は、出雲国と伯伎国とを堺ふ比婆之山に葬る也 |
そこでイザナギは言いました。「ああ、私の愛しい妻よ」と嘆き、「まるで子を交換してしまった木のようだ」と悲しみ、御枕元に這い寄り、御足元にも這い寄って泣きました。
その涙が落ちたところに、神が生まれました。香山(かぐやま)の畝尾(うねお)の木の根元にいる泣沢女神(なきさわめのかみ)です。
そして、死んだイザナミは、出雲国と伯伎国の境にある比婆之山(ひばのやま)に葬られました。
| 於是て伊邪那岐命所、御佩の十拳の剣を抜きて、其の子迦具土の神の頸を斬りたまひき、爾に其の御刀の前の血を著して、湯津石村に走就りて所成れる神の名は石拆の神、次に根拆の神次に石筒之男の神といふ、次に御刀の本の血を著して、亦湯津石村に走就りて所成れる神の名は甕速日の神、次に樋速日の神、次に建御雷之男の神、亦の名を建布都の神、亦の名を豊布都の神といふ |
そこでイザナギは、身に帯びていた十拳(とつか)の剣を抜いて、火の神・迦具土神(かぐつち)の首を斬りました。そのとき、剣の先についた血が湯津石村(ゆついわむら)に飛び散り、そこから生まれた神は、石拆神(いわさくのかみ)、根拆神(ねさくのかみ)、石筒之男神(いわつつのおのかみ)の三柱です。
次に、剣の根元についた血も同じく湯津石村に飛び散って、そこから生まれた神は、甕速日神(みかはやひのかみ)、樋速日神(ひはやひのかみ)、建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)、別名は建布都神(たけふつのかみ)、豊布都神(とよふつのかみ))の三柱です。
| 次に御刀の手上に集まりて血手俣自り漏出て所成れる神の名は闇淤加美の神、次に闇御津羽の神といふ、上つ件石拆の神自り以下、闇御津羽の神の以前并せて八柱の神は御刀に因りて神生れし所の者也 |
さらに、剣を持っていた手元から漏れ出た血からは、闇淤加美神(くらおかみのかみ)、闇御津羽神(くらみつはのかみ)の二柱の神が生まれました。
上に述べた八柱の神々は、いずれも剣(みはかせる御刀)から生まれた神々である。
| 所殺さえし迦具土の神の頭に於て、所成れる神の名は正鹿山津見の神、次に胸に於て所成れる神の名は淤縢山津見の神、次に腹に於て所成れる神の名は奧山津見の神、次に陰に於て所成れる神の名は闇山津見の神、次に左手に於て所成れる神の名は志芸山津見の神、次に右手に於て所成れる神の名は羽山津見の神、次に左足に於て所成れる神の名は原山津見の神、次に右足に於て所成れる神の名は戸山津見の神と謂ふ、故所斬らえしの刀の名は天之尾羽張と謂ひて、亦の名は伊都之尾羽張と謂ふ |
迦具土神(かぐつちのかみ)を斬ったとき、その体から次のような神々が生まれました。
頭から生まれた神は正鹿山津見神(まさかやまつみのかみ)、胸から生まれた神は淤縢山津見神(おどやまつみのかみ)、腹から生まれた神は奥山津見神(おくやまつみのかみ)、陰部から生まれた神は闇山津見神(くらやまつみのかみ)、左手から生まれた神は志藝山津見神(しぎやまつみのかみ)、右手から生まれた神は羽山津見神(はやまつみのかみ)、左足から生まれた神は原山津見神(はらやまつみのかみ)、右足から生まれた神は戸山津見神(とやまつみのかみ)、このとき迦具土神を斬った剣の名は天之尾羽張(あめのおはばり)といい、またの名を伊都之尾羽張(いつのおはばり)といいます。
黄泉の国
| 於是いて其の妹伊邪那美命に相見むと欲して追ひて黃泉つ国に往きたまひき、爾に殿の騰戸より出て向ひしの時、伊邪那岐命語りて詔はくの愛し我那邇妹命よ、吾と汝との作りし所の国は未だ作り竟へざりき、故還る可し爾に伊邪那美命答へて白さく、悔ゆるや不速来吾は黃泉戸喫らひを為き然れども愛し我が那勢命入り来坐しし之事恐みまつる、故還りたまひて且黃泉つ神と相論きたまはむと欲す、我を視る莫れ此の白せし如し、而ち其の殿の内に還り入りしの間甚だ久しかりて待ち難し、故左之御美豆良に刺したる湯津津間櫛の男柱を一箇取り闕けて、而に一つ火を燭もしたまひき |
こうして、愛しいイザナミに会いたくて、イザナギは黄泉の国まで追いかけて行きました。御殿の戸の前まで来たとき、イザナギは言いました。
「愛しいイザナミよ、私たちが作り始めたこの国は、まだ完成していない。だから、どうか戻ってきてくれ」
それに対して、イザナミは答えました。
「なんと悔しいことでしょう。あなたがもう少し早く来てくだされば。けれども、私はすでに黄泉の食べ物を食べてしまいました。だから、もうこの世界には戻れません。愛しいあなたがここに来てしまったことが、私はとても恐ろしいのです。それでも戻りたいので、これから黄泉の神々に相談してきます。ですから、決して私の姿を見ないでください」
こう言い残して、イザナミは殿の中に戻りました。けれども、あまりにも長く待たされたために、イザナギは我慢できず、左の髪に刺していた櫛(くし)を一本折り、その先に火を灯して中を覗き見ました。
| 入りたまひ見ししの時宇士多加礼許呂呂岐弖、頭に於ては大雷居りて、胸に於ては火雷居りて腹に於ては黒雷居りて、陰に於ては拆雷居りて、左手に於ては若雷居りて、右手に於ては土雷居りて、左足に於ては鳴雷居りて、右足に於ては伏雷居りて、并て八雷の神成居りき |
するとそこに現れたイザナミの姿は、頭には 大雷神(おおいかづちのかみ)、胸には 火雷神(ほのいかづちのかみ)、腹には 黒雷神(くろいかづちのかみ)、陰部には 裂雷神(さくいかづちのかみ)、左手には 若雷神(わかいかづちのかみ)、右手には 土雷神(つちいかづちのかみ)、左足には 鳴雷神(なるいかづちのかみ)、右足には 伏雷神(ふしいかづちのかみ)と、八柱の雷神たちがイザナミの体に宿っていました。
| 於是いて伊邪那岐命見して畏りて、而るに逃げ還りたまひしの時、其の妹伊邪那美命言ひしく、吾に辱しけるを見令むといひき |
こうしてイザナギはイザナミの恐ろしい姿を見て、恐れおののきながら逃げ帰ろうとしました。そのとき、イザナミは怒って言いました。
「私の姿を見て、恥をかかせたわね」
| 即ち予母都志許売を遣し追は令む、爾に伊邪那岐命黒御縵を取りて投げ棄ち、乃ち蒲子生ひ、是れを摭ひ食みしの間に逃げ行きき。猶追ひて、亦其の右の御美豆良に刺ししの湯津津間櫛引き闕き、而に投げ棄ち、乃ち笋生ひ、是れを抜き食みしの間に逃げ行きき |
そこで、豫母都志許賣(よもつしこめ)という黄泉の醜い女たちに命じて、イザナギを追わせました。それを見たイザナギは、持っていた黒い髪飾りを取って投げ捨てました。すると、そこから野生の葡萄(蒲子)が生えてきました。追っ手たちはそれを食べている間に、イザナギはさらに逃げました。
それでも追ってくるので、今度は右の髪のもとに挿していた櫛(湯津津間櫛)を一本折って投げました。すると、そこからタケノコ(笋)が生えてきました。追っ手たちはそれを食べている間に、イザナギはさらに逃げて行きました。
| 且後は其の八柱の雷の神に於て、千五百の黄泉軍を副へて追は令めき、爾に御佩の所の十拳剣を抜きて、而に後手に於て布伎都都逃げ来たり、猶追ひて黄泉比良坂の坂本に到りし時、其の坂本に在りし桃子三箇を取りたまひて、待ちて撃てば悉く逃げに迯げき也 |
その後、八柱の雷神たちに加え、黄泉の軍勢千五百人を従えてイザナギを追わせました。そこでイザナギは、自ら佩いていた十拳の剣(とつかのつるぎ)を抜き、背後を振り返りながら必死に逃げました。
それでもなお追ってくるので、黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂のふもとまで逃げてきたとき、坂の下に生えていた桃の実を三つ取って、追ってくる者たちに向かって投げつけました。すると、敵はみな逃げ返っていきました。
| 爾に伊邪那岐命、其の桃子に告はく、汝吾を助くる如くして、葦原中国に於て有る所の宇都志伎青人草の苦し瀬に落ちて、而に患ひて惚りし時、助く可しとのたまひて、名を告り賜はり意富加牟豆美の命と号けたまひき |
このとき、イザナギはその桃に向かって言いました。
「おまえが私を助けてくれたように、将来、地上の世界にいる人間たちが、困難や悩みに直面して苦しんでいるとき、ぜひ助けておくれ」
そう言って、桃に意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)という神名を与えました。
| 最も後其の妹伊邪那美命の身自ら追ひ来たり、焉んぞ爾に千引の石を引きて、其の黄泉比良坂を塞きたまひき、其の石を中に置きて各対ひ立ちて、而に事戸を度せしの時、伊邪那美命言したまひしく、愛くし我が那勢命よ、此の如く為たまへば汝の国の人草を一日に千頭絞め殺しまつらむ、爾に伊邪那岐命詔はく、愛し我が那邇妹命よ、汝が然為たまへば吾は一日に千五百産屋を立たしたまはむ |
最後にイザミニは自らイザナギを追ってきました。そこでイザナギは千人がかりで動かすような大岩(千引石)を引き寄せて、黄泉比良坂(よもつひらさか)の道を塞ぎました。
その石を挟んで、二人は向かい合って立ち、言葉を交わしました。イザナミは言いました。
「ああ、愛しい我が夫よ、あなたがこんな仕打ちをするのなら、あなたの国の人間たちを、一日に千人ずつ死なせましょう」
それに対してイザナギは言いました。
「ああ、愛しい我が妻よ、もしおまえがそうするならば、わたしは一日に千五百の産屋(出産の家)を建てよう」
| 是以て一日必ず千人死にし一日必ず千五百人生まる也、故其の伊邪那美命を号け黄泉津大神と謂ひて、亦其の追ひ斯伎斯を以ちて云ひて、而るに道敷大神と号く、亦其の所塞かえし黄泉坂の石をば道反大神と号け、亦塞坐黄泉戸大神と謂ふ、故其の所謂黄泉比良坂は今に出雲国の伊賦夜坂と謂ふ也 |
このため、一日に千人が死に、千五百人が生まれるという世の理(ことわり)が生まれたのです。そのため、イザナミは黄泉津大神(よもつおおかみ)と呼ばれました。また、追いかけてきた神であることから道敷大神(みちしきのおおかみ)とも呼ばれます。
また、黄泉の坂を塞いだその大きな石は道返大神(ちがえしのおおかみ)または塞坐黄泉戸大神(さえますよもつどのおおかみ)とも呼ばれます。この黄泉比良坂(よもつひらさか)という場所は、現在の出雲国の伊賦夜坂(いふやざか)と言われています。
穢と神々の化生
| 是以て伊邪那伎大神詔はく、吾は伊那志許米志許米岐穢き国に到りて、而ち在り祁理、故吾は御身の禊を為むとのたまひて、而るに竺紫日向の橘の小門の阿波岐原にて、而るに禊ぎ祓ひ也 |
こうして、イザナギは言いました。
「私は今、伊那志許米(いなしこめ)という穢れた国(黄泉の国)に行ってしまった。だからこそ、自分の身を清めるために禊(みそぎ)をしよう」
そして、筑紫の日向(つくしのひむか)の橘の小門(おど)の阿波岐原(あはぎはら)という場所に到り、身体を水で清めました。
| 故御杖を投げ棄ちし所に於て成れる神の名は衝立船戸の神、次に御帯を投げ棄ちし所に於て成れる神の名は道之長乳歯の神、次に御嚢を投げ棄ちし所に於て成れる神の名は時量師の神、次に御衣を投げ棄ちし所に於て成れる神の名は和豆良比能宇斯能神、次に御褌を投げ棄ちし所に於て成れる神の名は道俣の神次に御冠を投げ棄ちし所に於て成れる神の名は飽咋之宇斯能神 |
そこで、イザナギが禊をした際に、身につけていたものを一つずつ投げ捨てたところ、それぞれから神々が生まれました。
御杖(みつえ)を投げ捨てたところに生まれた神の名は衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)、帯(おび)を捨てたところに生まれた神は道之長乳齒神(みちのながちはのかみ)、
嚢(ふくろ)を捨てたところに生まれた神は時量師神(ときはかしのかみ)、衣(ころも)を捨てたところに生まれた神は和豆良比能宇斯能神(わづらひのうしのかみ)、褌(ふんどし)を捨てたところに生まれた神は道俣神(ちまたのかみ)、冠(かんむり)を捨てたところに生まれた神は飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ)です。
| 次に左の御手の手纒を投げ棄ちし所に於て成れる神の名は奧疎の神、 次に奧津那芸佐毘古の神、次に奧津甲斐弁羅の神、次に右の御手の手纒を投げ棄ちし所に於て成れる神の名は辺疎の神、次に辺津那芸佐毘古の神、次に辺津甲斐弁羅の神といふ |
左手の手纒(てまき)を捨てたところに生まれた神は、奥疎神(おきざかるのかみ)、次に奥津那藝佐毘古神(おくつなぎさびこのかみ)、その次に奥津甲斐辨羅神(おくつかいべらのかみ)です。
右手の手纒を捨てたところに生まれた神は、辺疎神(へざかるのかみ)、次に辺津那藝佐毘古神(へつなぎさびこのかみ)、その次に辺津甲斐辨羅神(へつかいべらのかみ)です。
| 右の件船戸の神自り以下辺津甲斐弁羅の神の以前、十二神は身に著けしの物を脱きし所に因りて生りましき神也 |
右に述べた十二柱の神々は、すべてイザナギが身に着けていた物を脱ぎ捨てたことによって生まれた神々である。
| 於是て詔はく、上瀬は瀬速く下瀬は瀬弱し、而に初めて中瀬に於て墮り迦豆伎、而に滌ぎましし時、成り坐さえし所の神の名は八十禍津日の神、次に大禍津日の神此の二神は其の穢繁き国に到りましし所の時、汚き垢に因りて而に神に成りまさえし所の者也、次に其の禍を直して而に成りまさえし所神の名は神直毘の神、次に大直毘の神、次に伊豆能売 |
イザナギは言った。
「上流の瀬は流れが速く、下流の瀬は流れが緩やかだ」
そして、最初に中流の瀬で禊をして身を清めるため川に入ったときに生まれた神は、八十禍津日神(やそまがつひのかみ)、大禍津日神(おおまがつひのかみ)です。この二柱の神は、伊邪那岐命が黄泉の国という穢れに満ちた地に行ったことで、その穢れから生じた神々です。
次に、これらの禍(わざわい)を正すために生まれた神々は、神直毘神(かむなおびのかみ)、大直毘神(おおなおびのかみ)、伊豆能売神(いずのめのかみ)です。
| 次に水底に於て滌ぎましし時、成りまさえし所の神の名は底津綿津見の神、次に底筒之男命中に於て滌ぎましし時成りまさえし所の神の名は中津綿津見の神、次に中筒之男命水上に於て滌ぎましし時成りまさえし所の神は上津綿津見の神、次に上筒之男命 |
さらに、川の底で禊をしたときに生まれた神は、底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)、底筒之男命(そこつつのおのみこと)です。
次に、川の中ほどで禊をしたときに生まれた神は、中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)、中筒之男命(なかつつのおのみこと)です。
最後に、川の上流で禊をしたときに生まれた神は、上津綿津見神(うわつわたつみのかみ)、上筒之男命(うわつつのおのみこと)です。
| 此の三柱の綿津見の神は阿曇連等の祖神なりて以ちて伊都久神也、 故阿曇連等は其の綿津見の神の子、宇都志日金拆命の子孫也、其の底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命三柱の神は墨江之三前大神也 |
この三柱の綿津見神は、阿曇連(あづみのむらじ)たちの祖先神であり、伊都久神(いづくのかみ)として祀られています。
したがって、阿曇連たちは、その綿津見神の子であり、宇都志日金拆命(うつしひかなさくのみこと)の子孫です。
また、底筒之男命・中筒之男命・上筒之男命の三柱の神は、墨江(すみのえ)の三前大神(みまえのおおかみ)として信仰されています。
| 於是いて左の御目を洗ひましし時成りまさえし所の神の名は天照大御神、次に右の御目を洗ひましし時、成りまさえし所の神の名は月読命、次に御鼻を洗ひましし時、成りまさえし所の神の名は建速須佐之男命 |
そして、イザナギが左の目を洗ったときに生まれた神の名は、天照大御神(あまてらすおおみかみ、以下、アマテラス)、右の目を洗ったときに生まれた神の名は、月読命(つくよみのみこと)、鼻を洗ったときに生まれた神の名は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと、以下、スサノオ)です。
| 右の件、八十禍津日の神の以下、速須佐之男命の以前の十四柱の神は御身を滌ぎましし所に因り生りし者也 |
以上の十四柱の神々は、すべてイザナギが御身を清めたときに生まれた神々です。
三貴子の分治
| 此の時伊邪那伎命大いに歓喜びて詔はく、吾は子を生み生みて、而に生み終へるに於て、三柱の貴き子を得てあり、即ち其の御頸の珠之の玉の緖母由良邇取り由良迦志めて、而に天照大御神に賜りて而に詔はく、之れ汝の命は高天原これ知らしむ所矣と事依せ、而に賜ひき也、故其の御頸の珠の名は御倉板挙の神と謂ふ |
このとき、イザナギは大いに喜び、こう言った。
「私は子を生み終え、ついに三柱の尊い神々を得た」
そこで、自身の首飾りである玉の緒をゆらゆらと取り、アマテラスに授けて言いました。
「あなたは、高天原(神々の天上界)を治めなさい」
このように言って授け。その首飾りの名前を御倉板挙(みくらたなあげ)の神といいます。
| 次に月読命に詔はく、汝の命は夜の食をす国、これ知らしむ所矣と事依せたまひき也 |
次に、月読命に向かって言いました。
「あなたは、夜の食国(夜の世界)を治めなさい」
そして最後に、スサノオにはこう言いました。
「あなたは、海原(海の世界)を治めなさい」
| 次に建速須佐之男命に詔はく、汝の命は海原これ知らしむ所矣と事依せたまひき也、故各依せ賜ひしの命に隨ひて知らしむ所、之れを看す中に速須佐之男命命せらるる所之れ国を不知て、而に八拳の須心前に于に至り啼き伊佐知伎也、其の泣き状しは青き山枯る山の如く泣き枯れ河海は悉く泣き乾き、是を以ちて悪しき神の音狭蝿の如く皆満てり万の物の妖しさ悉く発ちき |
こうして三柱の尊い神々が、与えられた役目に従ってその国を治めていた中で、スサノオだけは、与えられた国を治めず、手を握りしめるほどに心をかきむしり、激しく泣きわめいていた。その泣き方はあまりにも激しく、青々とした山々は枯れ山のようになり、川や海の水もすべて涸れ果てるほどだった。そのため、悪しき神々の気配はハエのように満ちあふれ、世の中のあらゆる災いや妖(あやかし)が次々と現れた。
| 故伊邪那岐大御神詔はく、速須佐之男命何由汝を以ちて事依せたまはゆ所の国を不治るや、而に哭き伊佐知流爾答へて白ししく僕は妣の国根之堅洲国に罷らむと欲する、故に哭く爾伊邪那岐大御神大いに忿怒りて詔はく、然者ば汝此の国に住まはじ乃ち神夜良比爾夜良比賜ひき也、故其の伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐す也 |
そこで、イザナギは、スサノオに問いただした。
「どうして、お前は自分に命じた国を治めず、そんなに泣き叫んでいるのだ」
するとスサノオは答えて言った。
「私は、母のいる根の国・黄泉の国へ行こうと思っているので、悲しくて泣いているのです」
これを聞いたイザナギは大いに怒りこう言った。
「そういうことなら、お前はもうこの国に住んではならぬ」
そして、スサノオを追放したのである。
その後、イザナギは、近江国(滋賀県)の多賀の地に鎮座した。
天照大神と須佐之男命
スサノオの昇天
| 故於是いて速須佐之男命言はく、然ば天照大御神に将に罷らむと請ひに、乃ち天に参上らむ時に山川悉く動みて国土皆震ひき、爾に天照大御神聞こして驚きたまひて而に詔ひしく、我が那勢命之上り来る由は必ず不善の心にて我が国を奪はむと欲す |
そこでスサノオは言いました。
「それならば、姉のアマテラスにお別れを告げて、天から去ろう」
天へと昇って行ったとき、山も川もことごとく揺れ動き、国土全体が震えました。これを聞いたアマテラスは驚き、不安を感じてこう言った。
「弟が天に上がってくるのは、善意からではない。私の国を奪おうとしているのだ」
| 即ち御髮を解き御美豆羅を纒ひ、而に乃ち左右の御美豆羅に、亦御𦆅、亦左右の御手に各八尺の勾璁之五百津之美須麻流之珠を纒ひ持ちて、而に曽毘良邇は千入の靫を負ひて、五百入の靫を附けたまひき |
するとアマテラスは、すぐさま髪をほどき、髪を左右に束ね、その束ねた髪や両腕などに、八尺の曲玉(まがたま)を五百個も連ねた美しい珠(たま)を巻きつけ、背には千本入りの矢を入れた靫(ゆぎ=矢筒)を背負い、腰には五百本入りの矢筒をつけ、
| 亦伊都の竹鞆所取り佩かしたまひて、而に弓腹振り立て、而に堅庭は向股に踏み那豆美沫雪の如く蹶散かし、而に伊都の男建踏み建て、而に待ち何故に上り来るかと問ひ |
腰には伊都之竹鞆(竹製の鞆)を着け、弓の弦を鳴らして構えました。
そして、堅く整った庭に立ち、足を力強く踏み鳴らし、泡雪が弾け飛ぶように白く飛び散り、堂々たる男神のように凛々しく構えて、スサノオに問いかけた。
「何のために天に上って来たのですか」
| 爾に速須佐之男命答へて白さく、僕は邪なる心無し、唯大御神之命の問ひ賜ひしを以ちて、僕の哭き伊佐知流しの事の故を白さく、都良久僕は妣の国に往かむと欲りて以ちて哭くのみ、爾に大御神詔はく、汝は此の国に在らじ、而に神夜良比夜良比賜ひき、故以為へらく将に罷り往かむとする之の状を請げむ参上し耳異なる心無し |
スサノオはこう答えた。
「私は邪(よこしま)な心など持っていません。ただ、アマテラスが私の泣いていた理由を尋ねたので、母の国である根の堅洲国(ねのかたすくに)へ行きたくて泣いていたと答えたのです。それに対してアマテラスは、あなたはこの国にいてはならないと言い、私を追放したので、私は天から退こうとする前に、その挨拶のために天に参上したのです。他意はありません」
| 爾に天照大御神詔はく、然ば汝が心の清く明きなるは何を以ちて知るや、於是いて速須佐之男命答へて白さく、各宇氣比に而て子を生さむ |
すると、アマテラスは言いました。
「では、あなたの心が清く澄んでいるということを、どうやって確かめればよいのか」
それに対してスサノオは答えました。
「それならば、お互いに誓約(うけい)の子を生んで、心の潔白を証明しましょう」
天の安の河の誓約
| 故爾に各天安河を中に置きて、而に宇気布時天照大御神先ず建速須佐之男命所佩の十拳剣度しまつりたまへと乞ひたまひて、三段に打ち折りて、而に奴那登母母由良邇天之真名井に振り滌ぎて、而に佐賀美邇迦美て、而に吹き棄つる気吹の狭霧に於て成りまさしし所 |
そこで、アマテラスとスサノオは、天の安河(あまのやすのかわ)の川の中に立ち、誓約を行いました。その際、アマテラスはまず、スサノオの佩いていた十拳(とつか)の剣をもらい受け、それを三つに折って、それを奴那登母母由良邇(ぬなとももゆらに)という方法で、天の真名井(聖なる井戸)で洗い清め、それを口に含んで吹き出すと、その吹き出した霧から、以下の三柱の女神が生まれました。
| 神は御名を多紀理毘売命、亦の御名を奧津嶋比売命と謂ふ次に市寸嶋比売命亦の御名を狭依毘売命と謂ふ次に多岐都比売命といふ |
多紀理毘売命(たきりびめのみこと)、別名を奥津嶋比売命(おきつしまひめのみこと)、市寸嶋比売命(いちきしまひめのみこと)、別名を狭依毘売命(さよりびめのみこと)、多岐都比売命(たぎつひめのみこと)
| 速須佐之男命、天照大御神の左の御美豆良に纒はしし所、八尺勾璁の五百津の美須麻流珠を度したまへと乞ひまつりて、而に奴那登母母由良爾天之真名井に振り滌ぎ、而に佐賀美邇迦美、而に吹き棄つる気吹の狹霧に於て成りましし所、神の御名を正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命 |
次に、スサノオは、アマテラスが身に着けていた装飾の玉(勾玉)をそれぞれ借り受け、神聖な井戸で洗い清め、息で吹き出すようにして霧とし、そこから神々を生みました。
まず、左の髪の飾り(御美豆良)に巻かれていた八尺の勾玉の珠から生まれたのが、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやびあめのおしほみみのみこと)
| 亦右の所御美豆良に纒はししの珠を度したまへと乞ひまつりて、而に佐賀美邇迦美て、而に吹き棄つる気吹の狹霧に於て成りましし所の神の御名を天之菩卑能命、亦所御に纒はしの珠を度したまへと乞ひまつりて、而に佐賀美邇迦美て、而に吹き棄つる気吹の狭霧に於て成りましし所の神の御名を天津日子根命又所左の御手に纒はししの珠を度したまへと乞ひまつりて、而に佐賀美邇迦美て、而に吹き棄つる気吹の狭霧に於て成りまし所の神の御名を活津日子根命 |
次に、右の髪の飾りに巻かれていた珠から、天之菩卑能命(あめのほひのみこと)
次に、胸の飾り(御𦆅)に巻かれていた珠から、天津日子根命(あまつひこねのみこと)
次に、左手に巻かれていた珠から、活津日子根命(いくつひこねのみこと)
| 亦所右の御手に纒はししの珠を度したまへと乞ひまつりて、而に佐賀美邇迦美て、而に吹き棄つる気吹の狭霧に於て成りましし所の神の御名を熊野久須毘命 |
最後に、右手に巻かれていた珠から、熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)
このようにして、五柱の神々がスサノオから生まれました。
| 於是て天照大御神速須佐之男命に告げたまはく、是の後生みまさえし所五柱の男子は、物実我が物に因る所成るが故に吾自りなれる子也、先に生みまさえし所の三柱の女子は、物実汝が物に因る所に成るが故に、乃ち汝が子也、此れ詔別が如し也 |
そこでアマテラスは、スサノオに向かってこう言いました。
「今生まれた五柱の男神たちは、私の勾玉などから生まれたのだから、私の子です。それに対して、先に生まれた三柱の女神たちは、あなたの剣から生まれたのだから、あなたの子です」
このようにして、神々の親の帰属をはっきりと区別したのです。
| 故其の先に生みし所の神多紀理毘売命は、胸形の奧津宮に坐し、次に市寸嶋比売命は胸形の中津宮に坐し、次に田寸津比売命は胸形の辺津宮に坐す此の三柱の神は、胸形君等之以て伊都久三前の大神の者也 |
最初に生まれた神々のうち、多紀理毘売命(たきりびめのみこと)は、宗像(むなかた)の沖ノ島(奥津宮)にいます。
市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)は、宗像の中津宮(大島)にいます。
田寸津比売命(たぎつひめのみこと)は、宗像の辺津宮(本土)にいます。
この三柱の女神は、胸形(宗像)氏が祀る宗像三女神(むなかたさんじょしん)であり、伊都久三前大神(いつくしまの おおかみ)として尊崇されています。
| 故此の後に生みし所、五柱の子の中天菩比命の子建比良鳥命、此れ出雲の国造、无邪志の国造、上菟上の国造、下菟上の国造、伊自牟の国造、津嶋の県直遠江の国造等の祖也、次天津日子根命は凡川内の国造、額田部湯坐の連茨木の国造、倭田中の直山代の国造、馬来田の国造、道尻岐閉の国造、周芳の国造、倭淹知の造、高市県主蒲生稲寸三枝部の造等の祖也 |
次に生まれた五柱の神のうちで、天菩比命(あめのほひのみこと)の子が、建比良鳥命(たけひらとりのみこと)です。
そして、天津日子根命(あまつひこねのみこと)が続きます。
| 爾りて速須佐之男命、天照大御神に白すに我が心清く明かし、故我が生せる所、子手弱き女を得るに因りて此れ言ふは自から我勝つと云ふ、而して勝ち佐備於て天照大御神の営田の阿を離ち其の溝を埋めぬ、亦其れ大嘗の殿を聞き看るに於て屎麻理散らす |
そのとき、スサノオはアマテラスにこう言いました。
「私の心は真っ直ぐで潔白です。だから、私が生んだ子どもも、素直で優しい子でした。だから、私の勝ちです」
と勝ち誇り、アマテラスの神聖な田の畦を壊し、溝を埋め、さらには新穀の祭りの御殿に糞をまき散らすというような冒涜的な行為を行いました。アマテラスは、怒りを表には出さず、次のように静かに言いました。
| 故然る為すと雖ども天照大御神は登賀米受して、而に告りたまふに屎の如きは醉ひて、而に吐り散らす登許曾我那勢之命此の如く為れ、又田之阿離ち溝を埋むは地矣阿多良斯登許曾、我那勢之命此の如く為れと、詔りたまふと雖も、直だ猶ほ其の悪しき態不止ずして、而に転りて天照大御神忌服屋に坐して、而に神御衣を織り令めしの時其の服屋の頂を穿ち天の斑馬を逆剥ぎに剥ぎて、而に墮とし入る所時天の服織女見驚きて、而に梭於て陰上を衝きて、而に死せり |
「まるで酔っ払って吐いたようなことを、私の弟がやってしまった。田の畦を壊して溝を埋めるなんて、まるで土地を乱すようなことを。それも、私の弟がやったのです」
こう言って咎めないようにしていましたが、スサノオの乱暴はとどまらず、だんだんひどくなりました。
そしてついに、アマテラスが神聖な服を織らせていた斎服殿の屋根を破り、皮を裏返しに剥いだ天の斑馬を中へ投げ入れました。それを見た織り女は驚いて、織り機の梭(おさ)で陰部を突き、亡くなってしまったのです。
天の岩戸
| 故於是いて天照大御神見し畏れ天石屋戸を開き、而に刺許母理坐り也、爾くありて高天原皆暗く葦原中国悉く闇く此に因りて、而に常夜往きぬ於是いて、万の神の声は狹蠅那須満ち、万の妖しき悉く発てり是を以て八百万の神、天の安の河原に於て神集集、而に高御産巣日神の子思金神思は令め |
こうして、アマテラスはスサノオの乱暴を恐れて、天の岩戸に身を隠してしまいました。すると、高天原は真っ暗になり、地上の世界(葦原中国)もすべてが闇に包まれました。そのため、昼も夜もなく真っ暗な状態になってしまいました。この影響で、神々の声はうるさく飛び交い、世の中は災いに満ちてしまいました。
困った八百万の神々は、天の安河原(あまのやすかわら)に集まり、高御産巣日神の子の思金神(おもいかねのかみ)に知恵を求めました。
| 常世長鳴鳥を集め鳴か令め、而に天安河の河上の天堅石を取り、天金山の鉄を取り、而に鍛人に天津麻羅を求ぎ、而に伊斯許理度売命を科し鏡を作ら令め、玉祖命を科し八尺勾瓊之五百津之御須麻流之珠を作ら令めて、而に天児屋命布刀玉命を召して、而に天香山の真男鹿の肩を内抜きに抜きて而に |
まず、常世の長鳴鳥(永遠の国の鳴鳥)を鳴かせて光を呼ぶ儀式を行い、次に、天の安河の川上から堅い石を、天金山から鉄を集めて、鍛冶の神・天津麻羅を呼び、伊斯許理度売命(いしこりどめ)に鏡を作らせ、玉祖命には勾玉の玉(八尺瓊勾玉)を作らせました。
そして、天児屋命と布刀玉命を召して祝詞を唱えさせ、真男鹿の肩骨と、神木(天の波波)で占いをさせました。
| 天香山の天之波波迦を取り、而に占合ひ麻迦那波令め、而に天香山の五百津真賢木をば矣根許士爾許士、而に上枝に於て、八尺勾瓊の五百津之御須麻流之玉を取り著け中枝に於て、八尺の鏡を取り繋け下枝に於て、白丹寸手青を丹寸手を取り垂で、而に此の種種の物は布刀玉命布刀御幣登取り持ちて、而に天児屋命布刀詔戸言祷ぎ白せり |
天香山の立派な賢木を掘り抜いて、上の枝に勾玉を、中の枝に鏡を、下の枝に白と青の布をそれぞれ垂らし、これらを神への捧げ物(幣)として、布刀玉命が持ちました。
次に、天児屋命が祝詞を捧げ、天手力男神(力の神)は、岩戸の横に隠れて準備しました。
| 而して天手力男神、戸の掖に隠れ立ち、而に天宇受売命手次に天香山の天之日影を繋け、而に鬘に天之真拆を為し、而に手草に天香山の小竹の葉を結ひ、而に天之石屋戸に於て、汚気を伏せ踏み登杼呂許志神懸かり為て、而に胸乳を掛き出で裳の緖番登に於て、忍垂れぬ也、爾て高天原動みて、而に八百万の神共に咲ひき |
その間に、天宇受売命(あめのうずめのみこと、以下、ウズメ)は、手に神木を持ち、頭には花を飾り、手には笹の葉を結び、神聖な舞を踊り始めました。
そして、地面を踏み鳴らして、神がかりになり、胸をはだけ、裳の紐を陰部まで垂らして踊ったのです。これを見た神々は驚き、高天原中が笑いに包まれました。
| 是に於て天照大御神怪しと以為ほし、細く天石屋の戸を開きて、而るに内に告るは吾隠れ坐すに因りて、而るに天原自ら闇く、亦葦原中国皆闇しと以為ひきや、矣何由に天宇受売は楽しきを為し、亦八百万の神は諸に咲ふや爾れに天宇受売白して言はく、汝が命に益して、而るに貴き神坐す、故歓喜び咲ひ楽し此の如く言ひしの間天児屋命、布刀玉命、其の鏡を指し出し天照大御神に示し奉るの時、天照大御神逾奇しと思ほしめして、而るに稍戸自り出て、而るに臨み坐ししの時、其の隠れ立つ所の天手力男神其の御手を取り引き出でて、即ち布刀玉命尻久米縄を以て、其の御後方に控き度し白して言はく、此従り内以ちて還り入り得ず、故天照大御神出で坐しの時高天原と葦原中国自ら照り明り得たり |
そのとき、アマテラスは不審に思い、天の岩戸を少しだけ開いて内側からこう問いかけました。
「わたしが岩戸にこもったせいで、天界も闇に包まれ、地上の世界もすべて暗くなっているはずなのに、なぜウズメは楽しそうに踊り、八百万の神々までも笑っているのか」
これに対して、ウズメは答えました。
「それは、あなたよりも尊い神が現れたのではないかと思ったからです。だから皆、うれしくて笑っているのです」
そう語っている間に、天児屋命(あめのこやねのみこと)と布刀玉命(ふとだまのみこと)が、鏡を差し出してアマテラスに見せると、アマテラスはそれを不思議に思い、少し戸の外に身を乗り出しました。
その瞬間、岩戸のそばに隠れていた天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が、アマテラスの手を取って外に引き出し、すかさず布刀玉命が注連縄(しりくめなわ:結界の縄)を岩戸の入り口に張ってこう言いました。
「これより内には、もうお戻りになれません」
こうしてアマテラスが岩戸から出たことにより、天界も、地上の世界も、再び明るさを取り戻しました。
| 於是て八百万の神共に議り、而るに速須佐之男命に於て千位置戸を負し、亦鬚を切り及びて手足の爪抜か令め、而るに神夜良比に夜良比岐 |
そこで、八百万の神々は相談し、スサノオに対して、千座の置戸(ちくらのおきど)という罰を科し、その髭や手足の爪を切って抜き取り、神の世界から追放したのでした。
五穀の起源
| 又食物を大気津比売の神に乞ふ、爾大気津比売の鼻口及びて尻と自り種種の味物取り出でて、而るに種種に作り具へて、而るに進めし時速須佐之男命立ち伺ふに、其の態穢汚く為て、而るに奉進り乃ち、其の大宜津比売の神を殺しき故殺されし神の身に於て生りし物は頭に於て、蚕生り二目に於て稲種生り二耳に於て、粟生り鼻に於て、小豆生り陰に於て、麦生り尻に於て、大豆生る故是神産巣日御祖命に取ら令め茲に種と成せり |
その後、スサノオは、大気津比売神(オオゲツヒメ)に食べ物を乞いました。すると、大気津比売神は、自分の鼻・口・尻からさまざまな食物を取り出し、それらを料理してスサノオに差し出しました。
ところが、スサノオはその様子を立ち見していて、穢れていると怒り、彼女を殺してしまったのです。しかし、殺された大気津比売神の体からは、様々な穀物や生き物が生まれました。
頭からは蚕(かいこ)が、両目からは稲の種が、両耳からは粟(あわ)が、鼻からは小豆(あずき)が、陰部からは麦が、尻からは大豆が生まれたのです。
これを見て、神産巣日御祖命(カミムスビノミオヤノミコト)がそれらを取り、五穀の種としました。
八岐大蛇
| 故所避追れて、而るに出雲国の肥河の上の名は鳥髪の地に降りき此の時箸其の河従り流れ下ちぬ、於是いて須佐之男命、其の河の上に人の有らむと以為ひて、而るに尋ね覓め上に往けば老夫と老女と二人在りて、而るに童女を中に置きて、而るに泣きぬ爾之れを問ひ賜ふに汝等は誰か故其の老夫答へて言はく、僕は国神大山津見の神の子焉り、僕名は足名椎と謂ひ、妻の名は手名椎と謂ひ、女の名は櫛名田比売と謂ふなり |
スサノオは追放されたのち、出雲国の肥(ひ)の川上、鳥髪(とりかみ)という地に降り立ちました。そのとき、川の上流から箸(はし)が流れてきたのを見て、スサノオは「これは上流に人が住んでいるに違いない」と思い、上流へと遡って行きました。
すると、老夫婦と、その間に座って泣いている少女がいました。スサノオが「あなたたちは誰ですか」と尋ねると、老父が答えました。
「私はこの国の神、大山津見神(おおやまつみのかみ)の子で、名を足名椎(あしなづち)、妻は手名椎(てなづち)、娘は櫛名田比売(くしなだひめ)といいます」
| 亦汝が哭く由は何かと問ひ答へ白すに言はく、我の女は自本八つの稚女在りき、是高志の八俣遠呂智毎年に来て喫らふ、今其れ来可かる時故に泣けり、爾其の形如何にと問ひ答へ白さく、彼の目は赤加賀智の如くにて、而るに身一つに八つの頭八つの尾有り、亦其の身に蘿と檜榲生ひ、其の長かるは谿は八谷に峡は八つの尾に度りて、而るに其の腹を見れば悉く常に血爛る也 |
さらにスサノオが「なぜ泣いているのか?」と尋ねると、老父はこう答えました。
「私たちの娘は、もともと八人姉妹でした。しかし、高志(こし)国から来る八つの頭と八つの尾を持つ大蛇・八岐大蛇(やまたのおろち)が、毎年一人ずつ娘を食べに来るのです。今またその来る時期なのです。だから泣いているのです」
スサノオが「その八岐大蛇とは、どのような姿をしているのか」とさらに尋ねると、老父はこう答えました。
「その大蛇の目は真っ赤なほおずきのようで、一つの体に八つの頭と八つの尾があります。その体には苔や檜・榧(かや)の木が生え、谷八つ、尾根八つを覆うほど巨大です。腹を見ると、常に血でただれています」
| 爾速須佐之男命其の老夫に詔らさく、是れ汝の女をば吾に於て奉らむや、答へて白さく、恐りながら御名を覚えず、爾答へ詔らさく、吾は天照大御神の伊呂勢は也、故今天自り降坐せり也、爾足名椎手名椎の神白さく然り坐せば恐り立奉る |
するとスサノオは、その老夫婦に言いました。
「このお前たちの娘を、私に授けてくれないか」
老父は答えました。
「恐れながら、あなた様のお名前を存じません」
スサノオは答えて言いました。
「私はアマテラスの弟である。それゆえ、今、天から降りてきたのだ」
すると足名椎・手名椎の二神は申し上げました。
| 爾速須佐之男命、乃ち湯津爪櫛に於いて、其の童女を取り成して、而るに御美豆良に刺しき、其の足名椎手名椎の神に告らさく、汝等は八鹽折の酒を醸し、亦廻り垣を作り其の垣に於いて、八門を作り門毎に八佐受岐結ひ、其の佐受岐毎に酒船を置きて、而るに船毎に其の八鹽折の酒を盛りて、而るに待て |
「そのような尊いお方であれば、恐れ多くも、ぜひとも娘を差し上げます」
そこでスサノオは、櫛(くし)として身につける霊力を持つ湯津爪櫛(ゆつつまぐし)を取り、娘をその櫛に変えて、自分の髪の御美豆良(みづら)に挿しました。そして足名椎・手名椎の二神に命じました。
「お前たちは、八度醸した強い酒(八塩折の酒)を用意し、垣(かきね)をめぐらせよ。その垣には八つの門を作り、各門に八つの酒樽(さかき)を備えよ。その酒樽ごとに、八塩折の酒を満たして、ヤマタノオロチを待ち伏せるのだ」
| 故告りに随ひて、而るに此の設くる備への如待ちしの時、其の八俣遠呂智言ふの如く信せ来たり、乃ち船毎に己の頭を垂れ入れ其の酒を飲みき、是に於いて飲み醉ひ留まり伏し寝き、爾速須佐之男命、其の所御佩の十拳の剣を抜き、其の蛇を切り散らせば肥の河は血に変へて而るに流れき、故其の中の尾を切りし時、御刀の刃毀ちき、爾に怪しと思ほし御刀を以て之の前を刺し割りて、而るに見れば都牟刈の大刀在りき、故此の大刀を取り異しき物と思ほして、而るに天照大御神に於いて白し上ぐ也、是れは草那芸の大刀也 |
こうしてスサノオは、老夫婦に命じた通りに設備を整え、待ち伏せていると、八岐大蛇がやってきました。そして、各々の酒樽に八つの頭を垂らして、酒を飲み、酔い、そこに伏して眠ってしまったのです。
そのとき、スサノオノミコトは、自ら佩いていた十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き、八岐大蛇を切り裂いていきました。すると、肥河(ひのかわ)は蛇の血で真っ赤に染まり、流れ変わるほどでした。
やがて、尾の一つを斬ろうとしたとき、剣の刃が欠けてしまったのです。不思議に思い、その尾をさらに細かく裂いて見てみると、中から一振りの都牟刈の大刀が現れました。
この剣は、ただのものではないと思い、スサノオはアマテラスに献上しました。この剣こそが、後に草那藝之大刀(くさなぎのたち)と呼ばれる神剣です。
| 故是以て其の速須佐之男命、宮可造作の地を出雲の国に求めき、爾ち須賀に到り坐て、而るに詔らさく之吾此の地に来りて、我が御心は須賀須賀斯、而るに其の地に宮を作り坐す、故其の地は今に於いて須賀と云ふ也、茲に大神初めて須賀の宮を作りしの時、其の地自り雲立ち騰り、爾ち御歌を作りき、其の歌曰く |
そこで、スサノオは、宮(みや)を建てるのにふさわしい場所を求めて出雲の国を探し歩き、
やがて須賀(すが)という地にたどり着きました。スサノオはこう言いました。
「私はこの地に来て、心がすがすがしく落ち着いた」
この言葉に因んで、その地は今でも「須賀」と呼ばれているのです。
このスサノオの大神が、最初に須賀宮を造られたとき、その地から雲が立ち上るのを見て、御歌(うた)を詠まれました。
| 夜久毛多都、伊豆毛夜幣賀岐、都麻碁微爾、夜幣賀岐都久流、曾能夜幣賀岐袁 |
幾重にも雲が立ちのぼる出雲の国に、妻を迎えるために八重の垣根を作る。その八重垣こそ、我が愛しの妻のための垣根である。
| 於是いて其の足名椎の神を喚し告りて言はく、汝をば我が宮の首に任け、且つ名を負し稲田宮主須賀之八耳神と号けむ |
そこでスサノオは、足名椎の神を呼び寄せて、こう告げました。
「あなたを私の宮の長に任命します」
そして、名を稲田宮主須賀の八耳神(いなだのみやぬし すがのやつみみのかみ)と授けました。
| 故其の櫛名田比売を以ち、久美度邇起して、而るに生みし所、神の名は八嶋士奴美神と謂ふ、又大山津見神の女、名は神大市比売を娶せて子大年神、次に宇迦之御魂神を生みき |
そして、スサノオは櫛名田比売と長く夫婦として暮らし、生まれた神の名は八嶋士奴美神(やしまじぬみのかみ)といいます。
また、山の神である大山津見神の娘の神大市比売(かむおおいちひめ)を妻として娶り、その間に生まれた子は大年神(おおとしのかみ)と宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)です。
| 兄の八嶋士奴美神、大山津見神の女、名は木花知流比売を娶せて子布波能母遅久奴須奴神を生みき |
兄・八嶋士奴美神(やしまじぬみのかみ)は、大山津見神の娘である木花知流比売(このはなちるひめ)を妻とし、子として布波能母遅久奴須奴神(ふはのもちくぬすぬのかみ)をもうけました。
| 此の神淤迦美神の女、名は日河比売を娶せ子深淵之水夜礼花神を生みき、此の神天之都度閉知泥の神を娶せて子淤美豆奴の神を生みき、此の神布怒豆怒の神の女、名は布帝耳の神を娶せて子天之冬衣の神を生みき、此の神刺国大の神の女、名は刺国若比売を娶せて子大国主神を生み、亦の名は大穴牟遅神と謂ひて、亦の名は葦原色許男の神と謂ひて、亦の名は八千矛の神と謂ひて、亦の名は宇都志国玉の神と謂ひて、并せて五名有り |
この神は、淤迦美神(おかみのかみ)の娘・日河比売(ひかわひめ)を妻とし、子として深淵之水夜礼花神(ふかぶちのみずやれはなのかみ)をもうけました。
この神は、天之都度閇知泥神(あめのつどへちぬのかみ)の娘を妻とし、子として淤美豆奴神(おみづぬのかみ)をもうけました。
この神は、布怒豆怒神(ふぬづぬのかみ)の娘・布帝耳神(ふてみみのかみ)を妻とし、子として天之冬衣神(あめのふゆきぬのかみ)をもうけました。
この神は、刺国大神(さしくにのおおかみ)の娘・刺国若比売(さしくにわかひめ)を妻とし、子として、大国主神(おおくにぬしのかみ)をもうけました。
この大国主神には、大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)、葦原色許男神(あしはらしこをのかみ)、八千矛神(やちほこのかみ)、宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)などの別名があります。





