多様体
多様体(Manifold)とは、局所的には平らな空間(ユークリッド空間)と見なせる形のことです。全体として複雑な構造をしていても、小さな範囲に限れば直線や平面として扱える図形を指します。
- 1次元多様体:
円周や放物線など局所的に直線に見えるもの。 - 2次元多様体:
球の表面、ドーナツの表面など局所的に平面に見えるもの。 - $n$次元多様体:
局所的に $n$ 次元の直交座標系 $\mathbb{R}^n$ に見えるもの。
多様体の定義は、直感的な「局所的に平らな空間」というイメージを、位相空間論と微積分学の言葉を使って定式化したものです。
位相多様体
$n$ 次元位相多様体(Topological Manifold)は、連続的なつながりを持つ空間として、以下の3つの条件で定義されます。開集合 $U$ と写像 $\varphi$ の対 $(U, \varphi)$ を座標近傍(局所座標系、チャート)と呼ばれます。
- 局所ユークリッド性
$M$ の任意の点 $p \in M$ に対して、$p$ を含む開集合 $U$ と、$n$ 次元ユークリッド空間 $\mathbb{R}^n$ の開集合への同相写像(連続で全単射かつ逆写像も連続) $\varphi: U \to\mathbb{R}^n$ が存在する。 - ハウスドルフ性
異なる2点 $p, q \in M$ ($p \neq q$) に対し、互いに交わらない開近傍が存在する。これは、2つの点が適切に分離できることを表します。 - 第二可算性
可算個の開集合で空間全体を覆うことができる。これにより、巨大すぎる特殊な空間を除外することができます。
アトラスと座標変換
アトラス(座標近傍系)とは、多様体 $M$ 全体を覆う座標近傍の集まりです。
$$\mathcal{A} = \{(U_\alpha, \varphi_\alpha)\}_{\alpha \in A} \Big(M = \bigcup_{\alpha} U_\alpha\Big)$$
2つの座標近傍 $(U_\alpha, \varphi_\alpha)$ と $(U_\beta, \varphi_\beta)$ の重なり合う領域 $U_\alpha \cap U_\beta \neq \emptyset$ において、一方の座標から他方の座標へ移る写像を座標変換と呼びます。多様体の点 $p\in M$ について、
$$x^\mu=\phi_\alpha(p)$$$$y^\mu=\phi_\beta(p)$$
これにより、$x^\mu\to y^\mu$ の座標変換は以下のように表されます。この座標変換は、$\mathbb{R}^n$ の開集合から $\mathbb{R}^n$ の開集合への多変数関数です。
$$y^\mu=\phi_\beta\big(\phi_\alpha^{-1}(x^\mu)\big)$$$$\varphi_\beta \circ \varphi_\alpha^{-1} : \varphi_\alpha(U_\alpha \cap U_\beta) \to \varphi_\beta(U_\alpha \cap U_\beta)$$
可微分多様体
可微分多様体(Differentiable Manifold)は、位相多様体の上に微積分ができる仕組みを載せたものです。
- $C^k$ 級可微分多様体
座標近傍に含まれるすべての座標変換写像 $\varphi_\beta \circ \varphi_\alpha^{-1}$ が $k$ 回連続微分可能である多様体。 - $C^\infty$ 級可微分多様体(可微分多様体)
無限に微分可能な多様体($k = \infty$)。
接ベクトル空間
接ベクトル空間(Tangent Space)は、多様体上のある1点 $p$ に接する平坦な空間です。簡単な例では、曲面に接する平面です。
接ベクトル
例えば球面 \(S^2\) 上の点 \(p\) と曲線 $\gamma(t)$ を考え、$\gamma(0)=p $ とします。接ベクトルは、この曲線の点 \(p\) における \(t=0\) での速度として表されます。
$$ \left.\frac{d\gamma}{dt}\right|_{t=0} $$
例えば、球面上を東方向に動く場合と北方向に動く場合では、異なる接ベクトルになります。このとき、点 \(p\) における全ての接ベクトルの集合を $T_pM$ と表します。
ただし、抽象的な多様体の場合、接ベクトルを曲線の速度ではなく、関数に作用する微分作用素として定義する方法があります。
微分作用素による定義
\(M\) を滑らかな \(n\) 次元多様体、その上の点を $p\in M$ とします。\(p\) における接ベクトル \(v\) を、以下の写像として定義します。ここで \(C^\infty(M)\) は、\(M\) 上の滑らかな実数値関数全体です。
$$ v:C^\infty(M)\rightarrow\mathbb R $$
接ベクトル \(v\) は次の2条件を満たすものとします。このような \(v\) の集合を接ベクトル空間 $T_pM$ と定義します。
-
- 線形性
任意の \(f,g\in C^\infty(M)\)、\(a,b\in\mathbb R\) に対して、$$v(af+bg)=av(f)+bv(g).$$ - ライプニッツ則(積の微分法則)$$v(fg)=f(p)v(g)+g(p)v(f)$$
- 線形性
このとき、接ベクトル \(v\) は方向微分演算子(ベクトル=方向を表す微分作用素)として考えることができます。
$$v=v^i\frac{\partial}{\partial x^i}$$
そして、関数 $f(x^1,\ldots,x^n)$ に対して以下のように作用させることができます。
$$ v(f) = v^i\frac{\partial f}{\partial x^i} $$
先ほどの曲線 $\gamma(t)$ について、$\gamma(0)=p$とし、$\dot\gamma(0)\in T_pM$ とします。任意の滑らかな関数 $f$ に対して以下のように定義すると、
$$\dot\gamma(0)[f] = \left.\frac{d}{dt}f\big(\gamma(t)\big)\right|_{t=0}$$
以下を微分作用素として考えことができます。
$$\dot\gamma(0) = \left. \frac{d}{dt} \right|_{t=0}$$
ライプニッツ則の導出
$$ v[f] = \left.\frac{d}{dt}f\big(\gamma(t)\big)\right|_{t=0} $$
としてライプニッツ則の左辺を計算すると、\(\gamma(0)=p\) なので、
$$ v[fg] = \left. \frac{d}{dt} \Big(f\big(\gamma(t)\big)g\big(\gamma(t)\big)\Big) \right|_{t=0} $$$$ = f\big(\gamma(0)\big) \left.\frac{dg\big(\gamma(t)\big)}{dt}\right|_0 + g\big(\gamma(0)\big) \left.\frac{df\big(\gamma(t)\big)}{dt}\right|_0$$$$=f(p)v[g]+g(p)v[f]$$
したがって、曲線の速度はライプニッツ則が成り立つことが分かります。
座標近傍の基底と次元
微分記号 \(\partial/\partial x^\mu\) は以下のように定義できます。
$$\left. \frac{\partial}{\partial x^\mu} \right|_p[f] = \frac{\partial(f\circ\varphi^{-1})} {\partial x^\mu} \bigg|_{\varphi(p)}$$
これは、多様体上の関数 \(f\) を座標 \(\varphi\) によって \(\mathbb R^n\) の関数に変換し偏微分を行う操作を表します。そして、以下が \(T_pM\) の基底になります。
$$\left\{ \frac{\partial}{\partial x^1}\bigg|_p, \ldots, \frac{\partial}{\partial x^n}\bigg|_p \right\}$$
\(M\) が \(n\) 次元多様体なら、\(n\) 個の基底を持つので、
$$\dim T_pM=n$$
曲線 $\gamma(t)$ を局所座標で $x^\mu(t)$ と表すと、
$$ \dot\gamma(0) = \frac{dx^\mu}{dt}\bigg|_0 \frac{\partial}{\partial x^\mu}\bigg|_p$$
従って、$v^\mu=dx^\mu/dt$ とすると以下になります。
$$v= \frac{dx^\mu}{dt} \frac{\partial}{\partial x^\mu}= v^\mu\frac{\partial}{\partial x^\mu}$$
座標変換
接ベクトルが幾何学的なベクトルなら、座標を変えても同じ幾何学的対象になります。座標を $x^\mu\rightarrow x’^\mu$ と変換すると、
$$ v = v^\mu\frac{\partial}{\partial x^\mu} = v^\mu \frac{\partial x’^\nu}{\partial x^\mu} \frac{\partial}{\partial x’^\nu}$$
従って、新しいベクトルの成分は以下のようになります。これが反変ベクトルの変換則です。
$$v’^\nu = \frac{\partial x’^\nu}{\partial x^\mu} v^\mu$$
はめ込みと埋め込み
はめ込み(Immersion)と埋め込み(Embedding)は、ある多様体を別の多様体の中に配置する写像の条件です。写像 $F:M\longrightarrow N$ において、多様体 \(M\) を \(N\) の中にどのくらいきれいに入れているかを表す概念です。
要約すると、局所的に潰れていなければ「はめ込み」であり、全体としても自己交差や端の接触がなく、完全に元通りの姿で再現されていれば「埋め込み」となります。はめ込み・埋め込みの要点比較を以下に示します。
| 概念 | 局所的潰れ | 微分 $dF_p$ | 自己交差 | 位相の同相性 |
| はめ込み (Immersion) | なし | 単射 | 許す | 不要 |
| 埋め込み (Embedding) | なし | 単射 | 不可 | 必須 |
はめ込み
\(F:M\to N\) がはめ込みであるとは、以下が全ての \(p\in M\) で単射になることです。ここで、$dF_p$ は \(F\) の点 \(p\) における微分(接写像)です。
$$dF_p:T_pM\to T_{F(p)}N$$$$\ker(dF_p)=\{0\}$$
写像 \(F\) によって、点 \(p\) における接ベクトル $v\in T_pM$ を以下のように送ることができます。これは \(F\) によって、点 \(p\) における方向がどのように写像されるかを表します。
$$ dF_p(v)\in T_{F(p)}N $$
\(dF_p\) が単射ということは、$v\neq0$ の場合に $dF_p(v)\neq0$ ということで、\(M\) 上の異なる方向を、\(F\) が局所的に潰さないということです。\(M\) が \(m\) 次元、\(N\) が \(n\) 次元とすると、
$$ F(x^1,\ldots,x^m) = \big( F^1(x),\ldots,F^n(x) \big) $$
このとき、はめ込み条件は、 \(dF_p\) のヤコビ行列を使って以下のように表されます。
$$\operatorname{rank} \left( \frac{\partial F^a}{\partial x^i} \right) =m\leq n$$
埋め込み
滑らかな写像 $f: M \to N$ が埋め込みであるとは、以下の2つの条件を同時に満たすことを言います。
- 写像 $f$ がはめ込みである(局所的につぶれない)。
- 写像 $f$ が微分同相写像(Homeomorphism)である($M$ から像 $f(M) \subset N$ への位相的像付け)。
これは、単射(1対1)で、かつ、$M$ の位相構造と $f(M)$ の相対位相が一致することを意味します。元の多様体 $M$ の構造や形を一切損なうことなく、そのままの形で $N$ の中に部分多様体として収められている状態です。自己交差も許されません。
微分形式
微分形式(Differential Form)とは、直感的には、多様体(曲がった空間)の上での積分を定式化するための被積分関数です。微分形式には次数があり、$k$ 次微分形式は $k$ 次元の領域の上で積分できる対象に対応します。
| 次数 | 名称 | 測る対象(積分する領域) | 記号のイメージ |
| 0次 | 0次微分形式 | 点(0次元)における値 | $f(x, y, z)$ (通常の関数) |
| 1次 | 1次微分形式 | 曲線(1次元)に沿った線積分 | $P dx + Q dy + R dz$ |
| 2次 | 2次微分形式 | 曲面(2次元)を通る面積分 | $A dy \wedge dz + B dz \wedge dx + C dx \wedge dy$ |
| 3次 | 3次微分形式 | 領域(3次元)全体の体積分 | $f(x, y, z) dx \wedge dy \wedge dz$ |
数学的な定義
多様体 $M$ 上の各点 $p$ において、接ベクトル空間を $T_p M$ とします。
- 1次微分形式:
接ベクトル $v \in T_p M$ を入力すると実数を出力する線型写像です。基底には $dx^1, \dots, dx^n$ が用いられ、接基底 $\partial/\partial x^j$ に対して以下の関係にあります。$$dx^i\left(\frac{\partial}{\partial x^j}\right) = \delta_{ij}$$ - $k$ 次微分形式とウェッジ積 ($\wedge$):
$k$ 個の接ベクトルを入力とする交代多重線型写像で、ベクトル同士の並び順を入れ替えると符号が反転します(交代性)。$$dx \wedge dy = – (dy \wedge dx)$$$$dx \wedge dx = 0$$
外微分
微分形式では、外微分と呼ばれる微分演算子(Exterior Derivative)$d$ が統一的に定義できます。基本性質は以下になります。
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- $k$ 次微分形式 $\omega$ に対し、$d\omega$ は $(k+1)$ 次微分形式になる。
- 線型性: $d(a\alpha + b\beta) = a d\alpha + b d\beta$
- 積の法則: $d(\alpha \wedge \beta) = d\alpha \wedge \beta + (-1)^{\deg \alpha} \alpha \wedge d\beta$
- 2回外微分するとゼロ: $d^2 = d(d\omega) = 0$
ベクトル解析の勾配 (grad)、回転 (rot)、発散 (div) は、外微分で表すことができます。$\text{rot}(\text{grad } f) = 0$ や $\text{div}(\text{rot } A) = 0$ の関係式は、 $d^2 = 0$ に集約されます。
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- 0次形式(関数)の $d \to$ 勾配 (grad)
- 1次形式の $d \to$ 回転 (rot)
- 2次形式の $d \to$ 発散 (div)
一般化されたストークスの定理
微分形式では、ベクトル解析の各種積分定理(グリーンの定理、ガウスの発散定理、ストークスの定理)を1つの方程式に集約されます。
$$\int_{\partial \Omega} \omega = \int_{\Omega} d\omega$$
ここで、$\Omega$ は向きのついたコンパクト多様体、$\partial \Omega$ はその境界です。境界 $\partial \Omega$ 上で場 $\omega$ を集計することと、領域内部 $\Omega$ 全体で変化率 $d\omega$ を集計することが等しいことを表します。

