邇邇藝命
天孫の誕生
| 爾天照大御神・高木神之命以、詔太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命「今平訖葦原中國之白。故、隨言依賜降坐而知者」。爾其太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命答白「僕者將降裝束之間、子生出、名天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命。此子應降也」。此御子者、御合高木神之女・萬幡豐秋津師比賣命、生子、天火明命、次日子番能邇邇藝命也。是以隨白之、科詔日子番能邇邇藝命「此豐葦原水穗國者、汝將知國、言依賜。故、隨命以可天降」 |
そのとき、アマテラスとタカギノカミ(高木神)は、太子である正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)にこう言いました。
「今、地上の国は平定されました。ですから、あなたに命じます。地上に降りて、その国を治めなさい」
すると、その太子の天忍穂耳命は答えていいました。
「私は今まさに地上へ降りようと準備していたところ、子が生まれました。その名を天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめにきしくににきしあまつひこひこほのににぎのみこと、以下、ニニギ)と言います。この子こそ地上に降るべきでしょう」
この御子は、タカギノカミの娘である万幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)との間に生まれた子で、兄に天火明命(あめのほあかりのみこと)、弟に日子番能邇邇芸命(ひこほのににぎのみこと)がいます。
そこで、その申し出に従い、アマテラスとタカギノカミは次のように命じました。
「この瑞穂の国は、そなたが治めるべき国として言葉を授けました。よって、この命に従い、天より降りなさい」
| 爾日子番能邇邇藝命、將天降之時、居天之八衢而、上光高天原、下光葦原中國之神、於是有。故爾天照大御神・高木神之命以、詔天宇受賣神「汝者、雖有手弱女人、與伊牟迦布神自伊至布以音面勝神、故專汝往將問者。吾御子爲天降之道、誰如此而居」。故問賜之時、答白「僕者國神、名猨田毘古神也。所以出居者、聞天神御子天降坐故、仕奉御前而、參向之侍」 |
こうしてニニギが、天から地に降りようとしたとき、天と地の分かれ道、天の八衢(あまのやちまた)に一柱の神が立っていました。その神は、上は高天原に、下は地上の国に光を放つほどの存在感を持つ神でした。
そこで、アマテラスとタカギノカミは、天宇受売神(あめのうずめのかみ)に命じて言いました。
「あなたは女性であっても柔弱ではなく、面(おも)勝る神、つまり相手に勝る顔立ちの神であり、迎え神としてふさわしい者だ。だから、お前が行って尋ねなさい。我が御子が天から降ろうとしているその道に、誰がこのように立っているのかと」
そこで天宇受売神が尋ねたところ、その神は答えて言いました。
「私はこの国の神で、名を猨田毘古大神(さるたびこのかみ、以下、サルタヒコ)と言います。天つ神の御子が天から降られると聞いたので、そのお迎えのために参上し、お仕えしようとしているのです」
天孫降臨
| 爾天兒屋命・布刀玉命・天宇受賣命・伊斯許理度賣命・玉祖命、幷五伴緖矣支加而天降也。於是、副賜其遠岐斯八尺勾璁・鏡・及草那藝劒・亦常世思金神・手力男神・天石門別神而、詔者「此之鏡者、專爲我御魂而、如拜吾前、伊都岐奉。次思金神者、取持前事爲政」 |
そこで、天児屋命(あめのこやねのみこと)、布刀玉命(ふとだまのみこと)、天宇受売命(あめのうずめのみこと)、石凝姥命(いしこりどめのみこと)、玉祖命(たまのおやのみこと)の五柱の神々を、ニニギの随行神(おとも)として地上に降りました。
また、その際に副えて授けられたものは、八尺の勾玉(やさかのまがたま)、鏡(八咫鏡)、草那芸剣(後の草薙剣)、思金神(おもいかねのかみ)、手力男神(たぢからおのかみ)、天石門別神(あまのいわとわけのかみ)です。これらを供えて言いました。
「この鏡は、私自身の御魂(みたま)として大切にまつるべきものだ。だから、将来、お前たち(地上の民)がこの鏡を拝むときは、私を拝むのと同じように敬い、祀りなさい。また、思金神は、これまで通りに知恵によって政治・判断を行う役目を担いなさい」
| 此二柱神者、拜祭佐久久斯侶、伊須受能宮。次登由宇氣神、此者坐外宮之度相神者也。次天石戸別神、亦名謂櫛石窻神、亦名謂豐石窻神、此神者、御門之神也。次手力男神者、坐佐那那縣也。故、其天兒屋命者。布刀玉命者。天宇受賣命者。伊斯許理度賣命者。玉祖命者。 |
この二柱の神は、佐久久斯侶(さくぐしろ)を神として拝み祭り、伊須受能宮(いすずのみや)に鎮座している。
つぎに、登由宇氣神(とゆうけのかみ)という神がいる。この神は、伊勢の外宮におられる度相神(わたしあいのかみ)です。
つぎに、天石戸別神(あまのいわとわけのかみ)、別の名を櫛石窓神(くしいわまどのかみ)、または豊石窓神(とよいわまどのかみ)です。この神は、「御門(みかど)=神の門」を守護する神です。
そして、手力男神(たぢからおのかみ)は、佐那那県(さなながた)という場所に鎮座している。
このようにして、天児屋命、布刀玉命、天宇受賣命、伊斯許理度賣命、玉祖命の五神たちは、それぞれ天孫降臨の随行神としての働いた後、各地に祀られ、神格に応じた役割を担っています。
| 故爾詔天津日子番能邇邇藝命而、離天之石位、押分天之八重多那雲而、伊都能知和岐知和岐弖、於天浮橋、宇岐士摩理、蘇理多多斯弖、天降坐于竺紫日向之高千穗之久士布流多氣。故爾、天忍日命・天津久米命、二人、取負天之石靫、取佩頭椎之大刀、取持天之波士弓、手挾天之眞鹿兒矢、立御前而仕奉。 |
そこで、アマテラスとタカギノカミは、ニニギに命じて、天の石座(神の座)を離れ、空に重くたなびく八重の雲を押し分けて、くっきりと分かち分かちして、天の浮橋(あめのうきはし)の上に立って、身を正し整えて、地上へと天降った。
そして、筑紫(日向国)にある、高千穂の久士布流多気(くしふるだけ)に降り立ったのである。
そのとき、天忍日命(あめのおしひのみこと)と天津久米命(あまつくめのみこと)の二柱の神が、天の石靫(石でできた矢筒)を背負い、頭椎の大刀(神剣)を帯び、天の波士弓(神弓)を手に持ち、天の真鹿児矢(神矢)を両手に挟み持って、御前に立ち、ニニギを迎えた。
| 故其天忍日命・天津久米命、於是詔之「此地者、向韓國眞來通、笠紗之御前而、朝日之直刺國、夕日之日照國也。故、此地甚吉地」。詔而、於底津石根宮柱布斗斯理、於高天原氷椽多迦斯理而坐也。 |
そこで、天忍日命と天津久米命の二柱の神は、次のように言った。
「この国は、海の向こうの韓国(からくに)にまっすぐ通じる位置にあり、笠紗の御前(南方の海辺)に面していて、朝日がまっすぐに差し昇り、夕日がきれいに照らす国である。だから、ここは非常にめでたく良い土地です」
こう言って、地の底の堅い岩の根(底津石根)に、宮柱をどっしりと立て、高天原のように霊妙な氷椽(ひじき)を高く組んで、ニニギはそこに御殿を構えて住んだ。
| 故爾詔天宇受賣命「此立御前所仕奉、猨田毘古大神者、專所顯申之汝、送奉。亦其神御名者、汝負仕奉」。是以、猨女君等、負其猨田毘古之男神名而、女呼猨女君之事是也。 |
そこで、アマテラスは、天宇受賣命(アメノウズメ)にこう言いました。
「このたび、御前に立って仕えていたサルタヒコ(猨田毘古大神)は、まさにあなたが見出し、名乗らせた神である。だから、お前が彼を導いて送り届けなさい。また、サルタヒコの名は、あなたが背負って、名乗り伝えるように」
| 故其猨田毘古神、坐阿邪訶、時、爲漁而、於比良夫貝其手見咋合而、沈溺海鹽。故其沈居底之時名、謂底度久御魂、其海水之都夫多都時名、謂都夫多都御魂、其阿和佐久時名、謂阿和佐久御魂。 |
かくして、サルタヒコが阿邪訶(あざか)という地におられたとき、漁(すなど)りをしようとして、比良夫貝(ひらふがい)という貝に手を噛まれて、海に溺れてしまいました。
そのため、その沈むときの霊名を底度久御魂(そこどくみたま)といい、その海水が泡立ったときの霊名を都夫多都御魂(つぶたつみたま)といい、その泡が広がったときの霊名を阿和佐久御魂(あわさくみたま)といいます。
| 於是送猨田毘古神而還到、乃悉追聚鰭廣物・鰭狹物以問言「汝者天神御子仕奉耶」。之時、諸魚皆「仕奉」。白之中、海鼠不白。爾天宇受賣命、謂海鼠云「此口乎、不答之口」。而、以紐小刀拆其口、故、於今海鼠口拆也。是以、御世嶋之速贄獻之時、給猨女君等也。 |
こうして、サルタヒコを送り届けて帰ってきたとき、あらゆる種類の魚を集めて、お前たちは天神の御子(ニニギ)に仕えるかと問いました。
そのとき、すべての魚たちは「仕えます」と答えましたが、海鼠(なまこ)だけが答えませんでした。そこで、天宇受賣命(アメノウズメノミコト)は海鼠に向かって「この口か、答えなかった口は」と言って、紐の小刀でその口を裂いてしまいました。そのため、今に至るまで海鼠の口は裂けているのです。
このことから、御世嶋の速贄(すばやく捧げる供物)を献上する際には、猨女君(さるめのきみ)たちにこれを賜るのです。
佐久夜毘売
| 於是、天津日高日子番能邇邇藝能命、於笠紗御前、遇麗美人。爾問「誰女」。答白之「大山津見神之女、名神阿多都比賣亦名謂木花之佐久夜毘賣」。又問「有汝之兄弟乎」。答白「我姉石長比賣在也」。爾詔「吾欲目合汝奈何」。答白「僕不得白、僕父大山津見神將白」。故乞遣其父大山津見神之時、大歡喜而、副其姉石長比賣、令持百取机代之物、奉出。故爾、其姉者、因甚凶醜、見畏而返送、唯留其弟木花之佐久夜毘賣、以一宿爲婚。 |
こうして、ニニギは、笠紗の御前でたいそう美しい女性に出会いました。そこで尋ねました。
「あなたはどなたですか」
すると彼女は答えて言いました。
「私は大山津見神の娘で、神阿多都比売(かむあたつひめ)と申します。別の名を木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ、以下、サクヤヒメ)とも申します」
さらに尋ねました。
「あなたには兄弟姉妹がいますか」
彼女は答えて言いました。
「私には姉の石長比売(いわながひめ)がいます」
そこでニニギはこう仰せられました。
「私はあなたと夫婦になりたいと思うが、どうか」
サクヤヒメは答えて言いました。
「私は自分の判断でお答えすることはできません。父の大山津見神に申し上げることとなりましょう」
そこで大山津見神のもとに使者を送り、申し入れると、大山津見神は非常に喜び、姉の石長比売を添えて、多くの婚礼の贈り物(百取机代)を持たせて、娘たちを奉りました。しかし、姉の石長比売は非常に醜かったため、ニニギは恐れて返してしまい、妹のサクヤヒメだけを残して、一夜をともにし、夫婦となったのです。
| 爾大山津見神、因返石長比賣而、大恥、白送言「我之女二並立奉由者、使石長比賣者、天神御子之命、雖雨零風吹、恒如石而、常堅不動坐。亦使木花之佐久夜毘賣者、如木花之榮榮坐、宇氣比弖貢進。此令返石長比賣而、獨留木花之佐久夜毘賣。故、天神御子之御壽者、木花之阿摩比能微坐」。故是以至于今、天皇命等之御命不長也。 |
そこで、大山津見神(オオヤマツミ)は、娘の石長比売を返されたことを非常に恥じて、次のような言葉をニニギに伝えました。
「私が二人の娘をともにお差し上げしたのは、理由があります。
石長比売は、天神の御子(ニニギ)の命が、雨や風にも耐えて、岩のように堅固で動じず、永遠であってほしいと思ったからです。サクヤヒメは、花のように美しく栄えてほしいと思ったからです。しかし、石長比売を返して、サクヤヒメだけを妻にされた。そのため、天神の御子の命は、木の花の泡火のように、はかなく短くなってしまいました。だからこそ、今に至るまで、天皇の命は長くはないのです」
| 故後、木花之佐久夜毘賣、參出白「妾妊身、今臨產時。是天神之御子、私不可產。故、請」。爾詔「佐久夜毘賣、一宿哉妊、是非我子、必國神之子」。爾答白「吾妊之子、若國神之子者、產不幸。若天神之御子者、幸」。卽作無戸八尋殿、入其殿內、以土塗塞而、方產時、以火著其殿而產也。故、其火盛燒時、所生之子名、火照命、次生子名、火須勢理命、次生子御名、火遠理命、亦名、天津日高日子穗穗手見命。 |
その後、サクヤヒメは現れて申し上げました。
「私は今、妊娠しており、まさに出産の時を迎えています。この子は天神の御子であり、私の個人的な子ではありません。ですから、どうか信じて頂きたく存じます」
しかしニニギは疑い、
「サクヤヒメよ、一夜の宿で妊娠するなどというのはおかしい。それは私の子ではなく、国神の子に違いない」
サクヤヒメは答えて言いました。
「もしこの子が国神の子であれば、出産はうまくいかないでしょう。しかし、もし天神の御子であれば、必ず無事に生まれます」
そうして、戸のない八尋殿(広い産屋)を建てて中に入り、土で戸口を塗り固めて閉じ、火をつけてその中で出産しました。
火が激しく燃えさかる中で生まれた子は、第一子の火照命(ほでり)、第二子の火須勢理命(ほすせり)、第三子の火遠理命(ほおり)、別名は天津日高日子穂穂手見命(あまつひだかひほほでみ)です。
火遠理命
海幸彦と山幸彦
| 故、火照命は海佐知毘古に為て而鰭廣物・鰭狹物を取る、火遠理命は山佐知毘古に為て而毛麤物・毛柔物を取る。爾に火遠理命は其の兄火照命に謂う。各佐知を相易へ用るを欲す。三度乞へ雖不許ず。然るに遂に纔に得、相易へき。爾火遠理命、海の佐知を以て魚を釣り一魚も不得。亦其の鉤海に失せき。於是其の兄火照命、其の鉤を乞ひ曰く、山佐知も己之が佐知、海佐知も己之が佐知と今各佐知を返さむと謂らし之時、其の弟火遠理命答へ曰く。汝鉤は魚を釣るに一魚も不得して、遂に海に失せり。然るに其の兄強ひ乞ひ徴り、故其の弟御佩之十拳の剣を破き、五百の鉤を作り、償へ雖も不取り。亦一千の鉤を作り、償へ雖も不受ず云ふ。猶其の正し本の鉤を欲得。 |
兄の火照命(ホデリノミコト)は海の幸の神(以下、ウミヒコ)となり、海の魚たち――鰭の広い魚・鰭の狭い魚を獲って生業としていました。弟の火遠理命(ホオリノミコト)は山の幸の神(以下、ヤマヒコ)となって、山の獣たち――毛が粗い獣・毛が柔らかい獣を狩って生業としていました。
ある時、ヤマヒコが兄に言いました。
「お互いに、生業を交換してみないか」
三度もお願いしたけれど、兄はなかなか承知しませんでしたが、ついにしぶしぶ交換が許されました。そこでヤマヒコは、海の幸である漁に挑戦しましたが、一匹の魚も釣れず、しかも兄の釣針を海に落として失ってしまいました。
その後、兄のウミヒコは釣針を返すように求めて言いました。
「山の獣も、海の魚も、それぞれ自分の生業がある。もう交換はやめて元に戻そう」
それに対し弟は答えました。
「兄の釣針は、一匹の魚も釣れず、しかも海に落としてしまいました」
それでも兄は頑なに、「どうしてもあの元の釣針を返せ」と強く要求してきました。
そこで弟のヤマヒコは、自分の佩いていた十拳剣を砕き、五百本の釣針を作って償いました。それでも兄は「いらない」と言いました。さらに、一千本の釣針を作って渡しましたが、それでも受け取りませんでした。
そして兄は言いました。
「いや、それではだめだ。どうしても、あの元の釣針がほしい」と。
海神の宮
| 於是其の弟、泣き患ひ海辺に居りし之時、塩椎神来、問ひ曰く、何ぞや虚空津日高之泣き患ふ所由。答へ言ふ、我と兄鉤を易へて而、其の鉤失せ、是に其の鉤乞はれし故、多き鉤を償へ雖、不受云はく、猶其の本の鉤も欲と。故之に泣き患ふ。爾塩椎神、云さく我汝命が為、善き議作さむ。即无間勝間の小船に載せ、其の船、以ち教へ曰く、我其の船押し流さば、差し暫し往き。将に味御路有らむ、乃ち其の道に乗り往けば、魚鱗の如造りし所の宮室、其綿津見神の宮は也。其の神の御門に到らば、傍之の井の上、湯津香木有らむ。故其の木の上坐さば、其の海神之の女、見え相議ら者ば也。 |
弟のヤマヒコが、海辺で泣きながら悩んでいたとき、塩椎神(しおつちのかみ)がやってきて、尋ねました。
「そなた、空津日高(アマツヒダカ)の命よ、どうしてそんなに泣いて悩んでおるのか」
ヤマヒコは答えました。
「兄と釣針を交換したのですが、その釣針を海に落としてしまいました。それで兄が返せというので、多くの釣針を作って償いましたが受け取ってくれず、『どうしても元の釣針を返せ』と言います。そのため、こうして悩み泣いているのです」
すると塩椎神はこう言いました。
「私が、あなたのために良い方法を考えて差し上げましょう」
そして、无間勝間(まなしかつま)という小さな船を作り、ウミヒコをその船に乗せ、そして次のように教えました。
「私がその船を流してやります。しばらく漂うと、味御路(うましみち)という立派な通りに出会うでしょう。その道を進むと、魚の鱗のように美しい宮殿が見えてくるはずです。それが綿津見神(海神)の宮殿です。
その神殿の門に着いたら、横の井戸の上に湯津香木(ゆつかつらの木)という木があります。その木の上に腰かけていなさい。そうすれば、海神の娘があなたを見つけて話しかけてくるでしょう」
| 故教に隨ひ少し行き、備其の言の如し即ち其の香木に登り以ち坐り、爾海神の女、豊玉毘賣の従婢、玉器を持ち将に水を酌まむの時、於井に光有り。仰ぎ見れば、麗し壮夫。有り甚異奇と、以為ひき爾火遠理命、其の婢を見水を得まく欲り乞ひ、婢の酌みし水を、玉器に入れ貢り進め。爾水を不飲、御頸の璵を解き口に含み、其の玉器に唾き入れ、於是其の璵器に著き、婢璵を離ち不得。故璵の著く任に以ち、豊玉毘賣命に進めき。 |
そこで、塩椎神の教えに従って少し行くと、言われた通りの光景が整っており、火遠理命は湯津香木(ゆつかつらの木)に登って腰を下ろしました。
すると、海神の娘・豊玉毘売(とよたまひめ、以下、トヨタマヒメ)の侍女が、玉の器を手に水を酌みに井戸へ来たとき、その井戸の中に光が射しているのを見ました。上を見上げると、美しい若者(ヤマヒコ)が座っていました。それを見て、侍女はとても不思議に思いました。そのときヤマヒコは、侍女に向かって「水が欲しい」と頼みました。侍女は水を汲み、玉の器に入れて差し出しました。
しかしヤマヒコは水を飲まず、首飾りの勾玉(まがたま)を外し、口に含んで、唾と一緒に器に吐き入れたのです。するとその勾玉は器にくっついてしまい、侍女はそれを器から取ることができませんでした。
仕方なく、勾玉がくっついたままの器を、トヨタマヒメに差し出したのでした。
| 爾其の璵を見、婢に問ひ曰く、若門の外に人有る哉、答へて曰く、人有り我が井の上の香木の上に坐り、甚麗し壮夫也、我が王に益して、而甚貴し、故其の人水を乞ひし、故水を奉れば水を不飲、此の璵を唾き入れ、是離ち不得、故任に入り、将来て而献らむ爾豊玉毘賣命、奇しと思ひ出見乃ち見感ひ目合はして、而其の父に白曰く、吾が門に麗しき人有り。爾海神自ら出見云はく、此の人は天津日高の御子虚空津日高矣、即ち於内に率入れ、而美智皮の疊八重に敷き、亦絁の疊八重に其の上に敷き、其の上に坐させまつり、而百取机代物を具へ、御饗為即ち、其の女豊玉毘賣婚令き。故三年に至り其の国に住まふ。 |
そこでトヨタマヒメは、その勾玉を見て、侍女に尋ねました。
「門の外に、誰か人がいるのですか」
侍女は答えて言いました。
「はい、井戸の上の香木の上に、たいへん麗しい壮年の男性がおられます。その姿は、私の王(=あなた)よりもいっそう美しく、まことに尊いお方です。その人に水を乞われましたので、水を差し上げたのですが、水を飲まずに、唾とともにこの勾玉を器に入れられました。そのため、この勾玉は器から離れず、仕方なくそのまま持って参りました」
これを聞いて、トヨタマヒメは不思議に思い、外に出て見に行きました。すると、彼の姿を見て心打たれ、目と目が合い、恋心を抱き、父に伝えました。
「門の外に、たいへん麗しい人がいます」と。
すると海神(綿津見神)は自ら出て見に行き、こう言いました。
「この人は、天津日高(あまつひだか)の御子、虚空津日高(そらつつひだか)である」
すぐに彼を内へ案内し、ミチの皮(美智皮)の畳を八重に敷き、その上に絁(あしぎぬ=上質な布)の畳を八重に敷き、その上に座らせて、百種の贈り物(百取機代)を用意し、盛大な饗応(みあえ)を行い、そして、娘のトヨタマヒメを娶わせました。
その結果、ヤマヒコは三年間、海神の国に住んだのでした。
海幸彦の服従
| 於是火遠理命、其の初の事を思ひ、而大き一つ歎きし、故豊玉毘賣命、其の歎き聞くを以ち、其の父に言ひ白さく、三年住め雖恒歎き無く、今夜大き一つ歎き為、若し何ぞ由有らむ。故其の父大神、其の聟夫に問ひ曰す、今旦我が女の語り云ふを聞かむ。三年坐ませど恒歎き無く、今夜大き歎き為。若し由有りや、亦此の間到り由や奈何に爾其の大神に備に、其の兄鉤失せを罸ち如の状語らむ。是以て海神悉海之の大小魚を召し集め曰し問わさく、若し此の鉤取り魚有りや、故諸魚の白す頃は、赤海鯽魚於て、喉と鯁び物を不得食愁ふと言ふ。故必ず是れ取らむ。於是赤海鯽魚之の喉探らば鉤有り。 |
ヤマヒコは、その昔の兄との釣針の問題を思い出して、大きくため息をつきました。それを聞いた妻のトヨタマヒメは、父である海神に次のように話しました。
「夫は三年間この国に住んでいましたが、これまで一度も歎いたことはありませんでした。けれども今夜は深く一歎をつきました。いったいどういうわけでしょうか」
すると海神は、娘婿(ヤマヒコ)に尋ねました。
「今朝、娘から『三年住んでいた間はずっと歎くことがなかったのに、今夜に限っては大きく歎いていた』と聞いた。
何か理由があるのか。また、あなたがここへ来た経緯も教えてくれないか」
そこでヤマヒコは、海神に向かって、兄(ウミヒコ)と釣針を交換したこと、そしてそれを海に失い、それが原因で苦しめられていることを、こと細かに語りました。すると海神は、海に棲む大小すべての魚を集めて、こう問いかけました。
「この釣針を飲み込んだ魚がいるなら答えよ」
すると諸々の魚が答えました。
「最近、赤海鯽魚(アカハヤ)が喉に何かを詰まらせて、何も食べられずに苦しんでおります。おそらく、それがその釣針を飲んだのでしょう」
すると、赤海鯽魚(アカハヤ)の喉を探ると、失われた釣針がありました。
| 即ち取り出て而清め洗ひ火遠理命に奉りし之時其の綿津見大神誨へ之曰さく此の鉤を以て其の兄に給はむ時言の状者此の鉤者淤煩鉤須須鉤貧鉤宇流鉤云らし而於後ろ手に賜へ 然而其の兄高田作ら者汝命下田営れ其の兄下田作ら者汝命高田営れ然為者吾掌水故三年之間必其の兄貧しみ窮む若其然為之事恨怨み而攻戦者塩盈珠出而溺り若其愁請は者塩乾珠出而活け此の如惚れ苦しま令と云し塩盈珠塩乾珠并せ両箇授けき |
それを取り出して、清らかに洗い清めてから、ヤマヒコ(山幸彦)に差し上げました。その時、海神はヤマヒコに教えて言いました。
「この釣針を兄(ウミヒコ)に返す時は、次のように言いなさい。
『この釣針は、淤煩鉤(煩わしい鉤)、須須鉤(進まぬ鉤)、貧鉤(貧しい鉤)、宇流鉤(流れ失せる鉤)である』と。
そして、その釣針は、手渡しではなく、必ず後手(しりで)に与えなさい」
さらにこう続けました。
「兄が上流に田を作るなら、あなたは下流に田を作りなさい。逆に、兄が下流に田を作るなら、あなたは上流に田を作りなさい。こうすれば、私は水を司る神なので、三年間は必ず兄が貧しくなるでしょう。
もし、兄がそのことを恨んで怒り、攻めかかってきたなら、潮盈珠(しおみつたま)を出して、海水を溢れさせて溺れさせなさい。そして、もし相手が苦しんで懇願してきたら、潮乾珠(しおひるたま)を出して、水を引かせて命を助けなさい。
このようにして、相手を完全に服従させるのです」
こう言って、海神は潮盈珠と潮乾珠のふたつの宝珠を授けました。
| 即ち悉和邇魚を召し集め問曰く今天津日高之御子虚空津日高将に上国に出幸為誰者幾日送り奉り而覆り奏さむ故各己が身之尋長の隨日を限りて而之白す中一尋の和邇白さく僕者一日送り即ち還り来む故爾其の一尋の和邇に告らす然者汝送り奉りて若し海中渡らむ時無惶畏り令め即ち其の和邇之頸載せ送り出故期の如一日之内送り奉り也其の和邇将返らむ之時所佩之紐小刀解き其の頸著け而返しき故其の一尋の和邇者於今謂ふ佐比持神也 |
そこで、海神は和邇魚(わにのうお)をすべて呼び集めて、こう尋ねました。
「今、天津日高の御子のヤマヒコは地上へ帰られようとしている。誰が、何日で送り届けて、また戻って来ることができるか」
するとそれぞれの魚たちは、自分の体の長さに応じて、送迎にかかる日数を申告しました。その中で、一尋(いっしん)の和邇がこう答えました。
「私は、一日で送り届けて、すぐに戻ることができます」
すると海神は、その一尋の和邇に命じて言いました。
「それならば、おまえが御子をお送りしなさい。海の途中を渡るとき、決して恐れたりしてはならぬぞ」
そう言って、ヤマヒコをその和邇の首に乗せて地上へ送り出しました。和邇は約束どおり、一日で山幸彦を送り届けました。
そして帰ろうとする時に、ヤマヒコは、自分の帯につけた小さな刀を取り外し、和邇の首にかけて贈りました。これにより、その一尋の和邇は佐比持神(さひもちのかみ)と呼ばれるようになりました。
| 是以備海神之教へ言如其の鉤与へき故自爾以後稍兪貧更荒き心起き迫め来き将攻む之時塩盈珠出し而溺ほれ令め其れ愁ひ請ひ者塩乾珠出し而救ひき如此惚れ令め苦し之時稽首き白さく僕者自今以後汝が命之昼夜守護人為り而仕へ奉らむ故今に至り其の溺ほりし時之種種之態不絶仕へ奉る也 |
このようにして、ヤマヒコは海神の教えの通りに兄のウミヒコへ釣り針を返しました。するとその後、兄は次第に貧しくなり、心が荒れて逆恨みし、弟に攻め寄せてきました。
その際、ヤマヒコは、海神から授かった潮盈珠(しおみつたま)を使って兄を溺れさせ、兄が苦しんで赦しを請うと、潮乾珠(しおひるたま)を使って救いました。このようにして、兄を苦しませて降伏させたとき、兄は平伏してこう誓いました。
「私はこれからは、あなた(ヤマヒコ)に昼も夜もお仕えする守護の者として忠誠を尽くします」と。
このため、今に至るまで、ウミヒコは、かつて海で溺れた時のあらゆる苦しみを忘れず、変わらず仕え続けているのです。
鵜葺草葺不合命
| 於是海神之女豊玉毘売命自り参り出之白す妾已妊身今産む時臨み此天神之御子海原不可生念ふ故参り出到也爾即ち於其海辺波限鵜羽以て葺草と為産殿造りて於是其の産殿未だ葺き合へず不忍御腹之急故産殿入り坐し爾将方産む之時其の日子に言ひ白さく凡佗国人者産むの時臨み本国之形以て産み生す故妾今本の身を以て産み為願はく妾見勿れ |
その後、海神の娘のトヨタマヒメ(豊玉毘売命)は自ら地上へと出て来て言いました。
「私はすでに子を身ごもっており、今まさに出産しようとしています。このような思いから、天神の御子を海の中で生むわけにはいきません。そのため、こうして地上に参りました」
そこで、海辺の波打ち際にて、鵜の羽を葺き草として産屋(うぶや)を建てようとしました。しかし、まだ屋根が葺き終わらぬうちに産気づいてしまい、急ぎその産屋に入って出産しました。
そのとき、トヨタマヒメはその夫であるヤマヒコにこう伝えました。
「一般に、異国の者は出産のとき、本来の姿に戻って子を産むのです。だから私も今、本来の姿に戻って出産します。どうか、その姿を見ないでください」
| 於是其の言奇しく思はして其の方産む竊み伺へ者八尋和邇化りて而匍匐ひ委蛇る即ち見し驚き畏みて而遁れ退き爾豊玉毘売命其の伺ひ見し之事を知り以て心恥と為し乃ち其の御子生み置きて而白さく妾恒海道通ひ往来を欲す然る吾が形伺ひ見し是甚く之怍き即ち海坂塞ぎて而返り入りき是以て其の産む所之御子名天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命と謂ふ |
そのとき、ヤマヒコはトヨタマヒメの言葉を不思議に思い、ひそかに出産の様子をのぞこうとしました。そして、彼女が出産する姿を見ると、そこには八尋の和邇(大きな海獣)に変化した姿があり、体をくねらせていたのです。それを見たヤマヒコ火遠理命は、驚き恐れて逃げ出しました。
トヨタマヒメは、その様子を見られていたことに気づき、深く恥じて、子どもを生んで残し、こう言いました。
「私はこれからも、いつでも海の道を通って通いたいと思っていました。しかし、私の本来の姿をのぞき見されてしまったことは、たいへん恥ずかしいことです」
そう言って、海と陸との境を塞ぎ、海の国へ帰ってしまいました。
そのため、トヨタマヒメが残していった御子は、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(あまつひこひこ なぎさたけ うがやふきあえずのみこと)と名づけられました。
| 然る後者其の伺ひき情恨め雖恋心不忍其の御子治め養ふ之縁因りて其の弟玉依毘売附け而之歌ひ献らむ 其の歌に曰く 阿加陀麻波 袁佐閇比迦禮杼 斯良多麻能 岐美何余曾比斯 多布斗久阿理祁理 |
その後は、あののぞき見したことを恨みに思いはしていたけれど、恋い慕う心をどうしても抑えきれず、せめて子どもを立派に育ててもらおうと、妹の玉依毘売(たまよりひめ)に託し、歌を贈りました。
赤玉(あかたま)は 押さえつけられても、白玉(しらたま=あなた)の装いは、やはり尊く美しい。
| 爾して其の比古遅 答歌に曰く 意岐都登理 加毛度久斯麻邇 和賀韋泥斯 伊毛波和須禮士 余能許登碁登邇 |
そのとき、ヤマヒコは返歌を詠んで言った。
沖つ鳥が羽を休める、鴨の棲む島に、
共にいたあなたのことを、私は決して忘れません――
この世のすべてのことの中で、ひときわ忘れ難いのです。
| 故日子穂穂手見命者高千穂宮に坐し、五百八十歳御陵者即ち其の高千穂山之西に在り也是に天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命其の姨玉依毘売命を娶はし生みし御子を名く五瀬命次に稲氷命次に御毛沼命次に若御毛沼命亦の名豊御毛沼命亦の名神倭伊波礼毘古命 故御毛沼命者波穂を跳ね于常世国に渡り坐し稲氷命者妣国為し而海原入り坐しき也 |
こうして、ヤマヒコは高千穂宮に住み五百八十年の間、国を治めた。その御陵は、高千穂山の西にある。
このヤマヒコは、そのおばにあたる玉依毘売命を妻とし御子を生んだ。
名は、五瀬命(いつせのみこと)、次いで稻氷命(いなひのみこと)、次いで御毛沼命(みけぬのみこと)、次いで若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、またの名を豐御毛沼命(とよみけぬのみこと)、または神倭伊波禮毘古命(かむやまといわれびこのみこと)、の四柱です。
御毛沼命は、波を跳び穂を渡って常世の国に行き、稻氷命は、母の国のために海原に入った。



