リー群
リー群(Lie Group)とは、連続的な対称性を数学的に表現するための仕組みで、数学的には、群(代数的な構造)と滑らかな多様体(幾何学的な構造)の両方の性質を併せ持つ集合として定義されます。
リー群の定義
集合 $G$ がリー群であるとは、以下の2つの条件を満たすことを意味します。
- 群(Group)である
集合 $G$ の上に積の演算(乗法)が定義されており、結合法則・単位元の存在・逆元の存在を満たしている。 - 滑らか($C^\infty$ 級)な多様体(Manifold)である
積の演算 $(g, f) \mapsto gh$ および 逆元をとる演算 $g \mapsto g^{-1}$ が、いずれも微分可能な滑らかな写像(関数)である。
つまり、群の元を連続的に動かすことができ、その変化を微分という解析学のツールを使って計算できるのが最大の特徴です。
代表的なリー群の例
- 円周群 $U(1)$
2次元平面上の原点を中心とする回転全体のなす群です。複素数平面上の絶対値 1 の複素数 $e^{i\theta}$($0\le\theta\le2\pi$)全体の集合になります。 - 円周群 $SO(2)$
2次元平面上の原点を中心とする回転 $R$ 全体のなす群です($0\le\theta\le2\pi$)。$$R(\theta)=
\left(\begin{array}{ccc} \cos{\theta} & -\sin{\theta} \\
\sin{\theta} & \cos{\theta} \end{array}\right)$$ - 特殊直交群 $SO(3)$
3次元空間における回転の全体です。例えば $z$ 軸周りの回転は以下で表されます。$$R_z(\theta)=
\left(\begin{array}{ccc} \cos{\theta} & -\sin{\theta} & 0 \\
\sin{\theta} & \cos{\theta} & 0 \\
0 & 0 & 1 \end{array}\right)$$ - 一般線形群 $GL(n, \mathbb{R})$
逆行列を持つ $n \times n$ 実行列の全体です。行列の積によって群となり、行列の成分を連続的に変化させることができるためリー群となります。
$SO(2)$ で $|\epsilon|\ll1$ とすると、$R(\epsilon)$ は以下で表されます。ここで $J$ は無限小生成子(generator)です。
$$R(\epsilon)\simeq I+\epsilon
\left(\begin{array}{ccc} 0 & -1 \\
1 & 0 \end{array}\right)=I+\epsilon J$$
リー代数
リー代数(Lie Algebra)とは、連続的な対称性を数学的に記述するための代数です。特に、リー群の無限小変換を取り出して調べるために使われます。リー代数は、現代の理論物理学(量子力学や素粒子物理学)や制御理論などにおいて欠かせない概念です。
リー代数の定義
リー代数 $\mathfrak{g}$ は、ベクトル空間にリー括弧(Lie bracket)と呼ばれる二項演算 $[X,Y]$ を定義したものです。リー括弧は次の3つの性質を満たします。
- 双線形性:$[aX+bY,Z]=a[X,Z]+b[Y,Z]$
- 反対称性:$[X,Y]=−[Y,X]$
- ヤコビ恒等式:$[X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0$
リー括弧の具体例は、以下の行列の交換子です。これが、リー括弧の性質を満たすことは容易に分かります。
$$[X,Y]=XY-YX$$
基底と構造定数
リー代数 $\mathfrak{g}$ の基底を $T_1,T_2,\cdots,T_n$ とすると、任意の2のリー括弧の結果 $[T_i,T_j]$ はリー代数の中に存在するので、基底の線形和により表すことができます。ここで $c_{ij}^k$ は構造定数(structure constants)と呼びます。
$$[T_i,T_j]=\sum_kc_{ij}^kT_k$$
リー群との関係
回転群 $SO(3)$ を例に考えると、単位元の近くで無限小回転を考えることができます。リー代数は、この無限小変換の全体が集まったベクトル空間です。積の微分指数写像を使うことで、リー代数の元 $X$ からリー群の元 $g$ が導びかれます。
$$g=e^X=\sum_{k=0}^\infty\frac{X^k}{k!}$$
これは、リー群(大域的で曲がった空間)とリー代数(局所的で平らな接空間)を結びつけるもので、リー代数の元(無限小の方向と速度)に沿って進むことで、リー群の元(実際の有限変換)へ到達する仕組みです。
SO(3):特殊直交群
$SO(3)$(特殊直交群、Special Orthogonal Group of degree 3)は、3次元空間における原点を中心とする回転全体の集合をなすリー群です。量子力学(角運動量)、ロボティクス、姿勢制御、などに応用されます。
数学的な定義
$SO(3)$ は、次のように条件を満たす $3 \times 3$ の実行列の集合として定義されます。
$$SO(3) = \{ R \in M_3(\mathbb{R}) \mid R^T R = I, \, \det(R) = 1 \}$$
この条件には以下の物理的・幾何学的意味があります。
- 直交条件( $R^T R = I$ ):
回転させてもベクトルの長さ(距離)やベクトル同士のなす角度を変えないこと(等長性)を保証します。 - 行列式が1( $\det(R) = 1$ ):
回転によって空間の右手系・左手系の向きが保たれ、体積が反転しないこと(鏡映や裏返しを除外)を保証します。
幾何学的・物理的性質
- 3次元のパラメータ(自由度3)
3次元空間の回転を指定するには、3つの独立したパラメータ(オイラー角など)が必要です。任意の3次元回転は。ある1つの軸まわりの単一の回転として表せます。 - 非可換性(交換法則が成り立たない)
回転の順番を入れ替えると、結果が変わります。$$R_1 R_2 \neq R_2 R_1$$
リー代数との関係
$SO(3)$ に対応するリー代数 $\mathfrak{so}(3)$ は、$3 \times 3$ の反対称行列の全体です。
$$\mathfrak{so}(3) = \{ A \in M_3(\mathbb{R}) \mid A^T = -A \}$$
反対称行列 $A$ は、対角成分が 0 になり、独立な成分が 3 個($\omega_x, \omega_y, \omega_z$)しかありません。
$$A = \begin{pmatrix} 0 & -\omega_z & \omega_y \\ \omega_z & 0 & -\omega_x \\ -\omega_y & \omega_x & 0 \end{pmatrix}$$
これは物理的には角速度ベクトル $\boldsymbol{\omega} = (\omega_x, \omega_y, \omega_z)^T$ です。任意の3次元ベクトル $\mathbf{v}$ に対し、$A\mathbf{v} = \boldsymbol{\omega} \times \mathbf{v}$(外積)が成り立ちます。このように、$\mathfrak{so}(3)$ の交換子積は、3次元ベクトルの外積(ベクトル積)に対応します。
指数写像
リー代数 $\mathfrak{so}(3)$ の元(角速度ベクトル)を、リー群 $SO(3)$ の元(回転行列)へ変換します。回転軸方向の単位ベクトル $\mathbf{n}$ と回転角 $\theta$ を用いて $\mathbf{\Omega} = \theta \mathbf{n}$ に対応する反対称行列 $K$ を作ると、指数関数 $R = e^{\theta K}$ のテイラー展開から次のロドリゲスの回転公式が導かれます。
$$R = I + (\sin\theta) K + (1 – \cos\theta) K^2$$
この公式を使うことで、単位軸 $\mathbf{n}$ と角度 $\theta$ から直接 $3 \times 3$ の回転行列 $R \in SO(3)$ を計算できます。
SO(1,3):ローレンツ群
$SO(1,3)$(固有正則ローレンツ群、Proper Orthochronous Lorentz Group)は、アインシュタインの特殊相対性理論における4次元時空(ミンコフスキー空間)の対称性を記述するリー群です。
$SO(3)$ が3次元空間の回転を表したのと同様に、$SO(1,3)$ は時間1次元+空間3次元からなる時空における空間の回転と速度の変換(ローレンツ・ブースト)をまとめた概念です。
数学的な定義
ミンコフスキー空間の計量行列を次のように置きます。
$$\eta = \begin{pmatrix} -1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}$$
ローレンツ群 $O(1,3)$ は、この計量 $\eta$ を保つ $4 \times 4$ 実行列 $\Lambda$ の集合です。
$$\Lambda^T \eta \Lambda = \eta$$
このうち、$SO(1,3)$(より正確には固有正則群 $SO^+(1,3)$)は以下の2つの制限を加えた連結成分です。
- 空間反転を除外: $\det(\Lambda) = 1$
- 時間反転を除外: $\Lambda^0_{\ 0} \ge 1$ (時間の進む向きを保つ)
これにより、単位元から滑らかに連続して到達できる連続的な時空変換のみを取り出します。
物理的な意味と自由度
$SO(3)$ の自由度が3だったのに対し、$SO(1,3)$ の自由度は6です。
- 空間回転(3自由度)
空間軸($xy, yz, zx$ 面)での回転。これは部分群として $SO(3)$ をそのまま含んでいます。 - ローレンツ・ブースト(3自由度)
時間軸と空間軸($tx, ty, tz$ 面)の間の変換。物理的には、異なる等速直線運動をする慣性系への乗り換え(速度 $v$ の変化)を意味します。
$SO(3)$ が円運動(三角関数)であるのに対し、ブーストは双曲線運動(双曲線関数)になります。例として、$x$ 軸方向へのブーストは以下で表されます。
$$\begin{pmatrix} c t’ \\ x’ \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \cosh\phi & -\sinh\phi \\ -\sinh\phi & \cosh\phi \end{pmatrix} \begin{pmatrix} c t \\ x \end{pmatrix}$$
尚、ここで $\phi$ は快度(rapidity)と呼ばれ、速度 $v$ と $\tanh\phi = v/c$ の関係にあります。
リー代数の構造
対応するリー代数 $\mathfrak{so}(1,3)$ の元 $X$ は、$\eta X + X^T \eta = 0$ を満たす $4 \times 4$ 行列です。6つの基底(生成元)は次のように分類されます。
- 空間回転の生成元 $\mathbf{J} = (J_x, J_y, J_z)$:3次元の回転。
- ブーストの生成元 $\mathbf{K} = (K_x, K_y, K_z)$:時空の斜交・引き伸ばし。
これら6つの生成元は、以下の交換関係(ブラケット積)を満たします。
$$[J_i, J_j] = \epsilon_{ijk} J_k$$$$[J_i, K_j] = \epsilon_{ijk} K_k$$$$[K_i, K_j] = -\epsilon_{ijk} J_k$$
U(1):ユニタリ群
$U(1)$(1次元ユニタリ群、1-dimensional Unitary Group)は、複素数平面における単位円上の回転を記述するリー群です。量子力学や量子電磁力学(QED)のゲージ対称性としての役割を果たします。
数学的な定義
$U(1)$ は、絶対値が $1$ の複素数全体の集合として定義されます。
$$U(1) = \{ z \in \mathbb{C} \mid \vert{}z\vert{} = 1 \} = \{ e^{i\theta} \mid \theta \in \mathbb{R} \}$$
演算は通常の複素数の掛け算です。
- 積の閉じ性: $e^{i\theta_1} \cdot e^{i\theta_2} = e^{i(\theta_1 + \theta_2)} \in U(1)$
- 単位元: $1 = e^{i0}$
- 逆元: $(e^{i\theta})^{-1} = e^{-i\theta} = \overline{e^{i\theta}}$
主な性質
- 可換群(アーベル群)
$U(1)$ は積の順番を入れ替えても結果が変わりません($z_1 z_2 = z_2 z_1$)。 - 2次元回転群 $SO(2)$ との同型
複素数 $z = x + iy$ に $e^{i\theta}$ を掛ける操作は、2次元平面 $(x, y)$ を角度 $\theta$ だけ回転させる操作になります。$$e^{i\theta}(x + iy) = (x\cos\theta – y\sin\theta) + i(x\sin\theta + y\cos\theta)$$
リー代数と指数写像
$U(1)$ のリー代数 $\mathfrak{u}(1)$ は、単位元 $z=1$ における接空間で、純虚数全体の集合になります。$$\mathfrak{u}(1) = \{ ix \mid x \in \mathbb{R} \}$$
リー代数の特徴は以下になります。
- 次元(自由度):1次元。
- 交換子積: 可換群であるため、任意の $X, Y $ に対して $[X, Y]=0$
リー代数の元 $ix$ からリー群の元 $e^{ix}$ への指数写像は、オイラーの公式になります。$$e^{ix}=\cos{x}+i\sin{x}$$
物理学における役割
量子力学において、波動関数 $\psi(x)$ に共通の位相(フェーズ)$e^{i\theta}$ を掛けても、観測される確率密度 $\vert{}\psi(x)\vert{}^2$ は変化しません。
$$\psi(x) \to e^{i\theta}\psi(x) \implies \vert{}\psi(x)\vert{}^2 \to \vert{}e^{i\theta}\psi(x)\vert{}^2 = \vert{}\psi(x)\vert{}^2$$
この局所的な U(1) 変換に対する不変性(ゲージ不変性)を要請することで、自然界に電磁気学(電磁場・光子)が自動的に導き出されます。
SU(2):特殊ユニタリ群
$SU(2)$(2次元特殊ユニタリ群、Special Unitary Group of degree 2)は、複素2次元ベクトル空間における大きさを変えない線形変換(ユニタリ変換)を行うリー群です。回転群 $SO(3)$ の複素数版です。
数学的な定義
$SU(2)$ は、条件を満たす $2 \times 2$ の複素行列の集合として定義されます。
$$SU(2) = \{ U \in M_2(\mathbb{C}) \mid U^\dagger U = I, \, \det(U) = 1 \}$$
成分を具体的に書くと、2つの複素数 $\alpha, \beta \in \mathbb{C}$ を用いて次のように表せます。
$$U = \begin{pmatrix} \alpha & \beta \\ -\overline{\beta} & \overline{\alpha} \end{pmatrix}, \quad \text{ただし } \vert{}\alpha\vert{}^2 + \vert{}\beta\vert{}^2 = 1$$
リー代数とパウリ行列
$SU(2)$ の単位元 $I$ における接空間(リー代数)$\mathfrak{su}(2)$ は、トレースが 0 である $2 \times 2$ の反エルミート行列の全体です。
$$\mathfrak{su}(2) = \{ X \in M_2(\mathbb{C}) \mid X^\dagger = -X, \, \text{Tr}(X) = 0 \}$$
量子力学のパウリ行列では、これをエルミート行列にするために $i$ を掛けたものを用います。
$$\sigma_x = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma_y = \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma_z = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix}$$
パウリ行列は次の交換関係を満たします。この交換関係は、$SO(3)$(3次元回転群)のリー代数 $\mathfrak{so}(3)$ と一致します。
$$[\sigma_i, \sigma_j] = 2i \epsilon_{ijk} \sigma_k$$
$SU(2)$ と $SO(3)$ の関係
リー代数が同型であるにもかかわらず、リー群としては $SU(2)$ と $SO(3)$ は異なります。両者の間には2対1の全射準同型(2重被覆、Double Cover)の関係があります。
$$SU(2) / \{\pm I\} \cong SO(3)$$
SU(3):特殊ユニタリ群
$SU(3)$(3次特殊ユニタリ群、Special Unitary Group of degree 3)は、複素3次元ベクトル空間における大きさを変えない線形変換(ユニタリ変換)を記述するリー群です。
数学的な定義
$SU(3)$ は、次の条件を満たす $3 \times 3$ の複素行列の集合です。
$$SU(3) = \{ U \in M_3(\mathbb{C}) \mid U^\dagger U = I, \, \det(U) = 1 \}$$
$n \times n$ の特殊ユニタリ群 $SU(n)$ の次元は $n^2 – 1$ で与えられます。したがって、$SU(3)$ の自由度は $3^2 – 1 = 8$ となります。
リー代数とゲルマン行列
素粒子物理学において、クォークを結びつけて原子核を作る「強い力(: QCD)」のゲージ対称性を決定づける数学構造です。
対応するリー代数 $\mathfrak{su}(3)$ は、トレースが 0 である $3 \times 3$ の反エルミート行列の全体です。
$$\mathfrak{su}(3) = \{ X \in M_3(\mathbb{C}) \mid X^\dagger = -X, \, \text{Tr}(X) = 0 \}$$
素粒子物理学(量子色力学)では 、8個のエルミート行列であるゲルマン行列($\lambda_1, \dots, \lambda_8$)を基底として用います。

これらは以下の構造定数 $f_{abc}$ を含む交換関係を満たします。
$$[\lambda_a, \lambda_b] = 2i \sum_{c=1}^8 f_{abc} \lambda_c$$


